空間を使って社会課題を解決する、都市計画の仕掛け方
〜東京都立大学・饗庭伸さんに聞く 編集の視点で探るまちの最適解〜<後編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.62

人口減少が進む各地の都市では、増え続ける空き家や空き地が問題化しています。そのような社会の問題に対して、空間を使ったソリューションを考え実現を目指すのが都市計画だといいます。まちの空きスペースを活用し、これからの都市に対する姿勢や、都市計画の手法の在り方を模索する都市計画家の饗庭伸さんにお話を伺いました。今回はその後編です。
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饗庭 伸(あいば・しん)さん
東京都立大学 都市環境学部都市政策科学科 教授
1971年兵庫県生まれ。早稲田大学理工学部建築学科卒業。博士(工学)。同大助手等を経て、現在は東京都立大学都市環境学部都市政策科学科教授。都市の計画とデザイン、そのための市民参加手法、市民自治の制度、NPO等について研究。現場においても専門家として関わる。主な著書に、『都市の問診』(鹿島出版会)、『平成都市計画史』(花伝社)、『都市をたたむ』(花伝社)。

人口減少社会では不完全プランニングが有効

都市計画家の具体的な仕事について教えてください。基本的な質問ですが、都市計画はどのように進めていくものでしょうか。

饗庭:僕の場合、既にできあがったまちを少し変えるという仕事がほとんどです。歴史のあるまちには、読み取るべき文脈がたくさんあるので、その読み解きから始めます。

一つは、地域社会の成り立ちのような社会的文脈。誰がキーマンでどこで物事が決まるのか、といったことです。これは意思決定の仕方も含めて読まなければなりません。もう一つは、制度的文脈です。その場所における過去の都市計画でどんな議論があったのか、上位計画でどんな構想やビジョンが決まっているかを、漏れのないように調べます。さらにもう一つ、土地のポテンシャルや地形を読み取っていく、土地の文脈があります。この3つが基本的なものです。それぞれを丁寧に読み取って、最適解を探っていくことになります。

ただし、制度的文脈は細かいところまでは決められていないことが多く、現場で考えて決めていかなければなりません。特に、駅前再開発や道路建設のようなインパクトのある都市計画では、さまざまな利害関係が生まれます。そういう現場では、綿密に文脈を調べて、適切な手続きを踏まえた上で、利害関係者との交渉を重ねながら、あるべき姿を組み立てていく必要があります。

そのような進め方がある一方で、近年は「不完全プランニング」ともいうべきやり方が生まれていると指摘なさっています。それはどのようなものですか。

饗庭:人口が増加していた時代は空間が不足していましたから、限られた土地を有効に使うために調整しなくてはならない利害関係者がたくさんいました。みんなを納得させるためには、「いい手続き」「いい計画」「いい人」が全てそろっている「完全プランニング」が求められます。

ところが、人口が減少して土地や空間が余ってくると、その3点セットがそろっていなくても誰も気にしなくなる。極端に言うと、「ここ使っていい?」「使ってないから、いいよ」という気軽さで物事が決まっていきます。それが「不完全プランニング」です。実際、地方の中小都市の開発は既にそうなっています。

都市開発は、目的ではなく手段です。手段はスピード感がある方がいい。ビル一つを何とかするのに10年も時間をかけていたら、意味がない。プランニングの正しさにこだわるよりも、気軽にできて気軽に撤退できることの方が大事です。都心の一等地では難しいですが、空間が余っているような地方の中小都市では、不完全プランニングが有効だと思います。

なるほど。人口が増加していた時代に必要だった要素を全てそろえる必要はない、ということですね。では、不完全プランニングで重視されるのは何ですか。

饗庭:「手続き」「計画」「人」の中で必須なのは「人」だと思います。例えば、地域の中でプレイヤーとして動ける「いい人」がいて、「あの人に任せておけば大丈夫だよね」とみんなが納得するのが、不完全プランニングです。その「人」が、地域の代表であるかどうかではなく、きちんと事業を成立させる能力があるかが重要になります。

社会課題解決に向けて鉄道会社にできることは多い

人口減少社会において、鉄道会社はどのような役割が担えるでしょうか。沿線のまちの活性化に、不完全プランニングのようなやり方は生かせるでしょうか。

饗庭:僕は、人々が望む暮らしや仕事を実現できるまちが、いいまちだと思います。空いている空間を使って、人々が気軽にやりたいことができるととてもいい。空間が余っているような地域で、鉄道会社が持っているさまざまな資産を少し民間に開放してみて、どんなインタラクションが起きるのか試しながらつくっていくのはどうでしょう。ゴールに何を置くのかが重要になると思いますが、しっかりと目標を定めて目指していくと、沿線もまちも、とても面白いことになりそうです。

駅や駅商業施設はいかがですか。

饗庭:宮崎県のJR日豊本線・延岡駅には市民のための活動スペースや書店などを融合させた施設がありますが、駅に何かをくっつけると可能性が広がりますよね。「駅プラスα」の「α」の部分は、商業施設以外の可能性をもう少し追求できるのではないかと思います。都市の中の施設というのは住宅と商業と工業と、それらをつなぐインフラしかないので、インフラを組み合わせてみるのはどうでしょう。

例えば、これからは地域ごとに自立したエネルギーインフラが価値を持つようになると思います。住宅のソーラーパネルのエネルギーを地域にためる仕組みがつくれないかと常々考えているのですが、地域と共に鉄道会社もプレイヤーとして参加し、駅にエネルギーインフラとしての価値を生み出すことができたら面白いかもしれません。

また、駅前にシェア交通のスペースをしっかり取っておくことも、とても大事なことだと思います。カーシェアもレンタサイクルも、空き地や駐車場・駐輪場の片隅に追いやられていることが多く、利用者はなんとなく肩身が狭い。あれをもっと目立つ所に格好良くつくると、それだけで世の中の交通モードが変わるのではないでしょうか。

2018年4月にオープンした延岡駅と、付設する「延岡市駅前複合施設エンクロス」。書店や図書閲覧スペース、カフェや待合ラウンジなどが入る。
エンクロスの各空間には仕切りがなく、書店でヨガクラスや読書会などを目にした人が、後日参加することも。フリースペース用に可動式の書架もある。
写真提供:左)JR九州宮崎支社/右)エンクロス

それはとても重要な視点ですね。駅にできることは、まだまだありそうです。

饗庭:先ほど、不完全プランニングでは人が大事という話をしました。駅にも、地域住民が気軽に付き合える人を戦略的に配置した方がいいと思います。この人に聞けばいろいろと動いてくれそうだという、象徴的な存在が駅にいるといいのではないでしょうか。住民から見てどんな人がいるのか分からない状態ではなく、地域の顔となって地域とちゃんと付き合っていけるような人が駅にいると、面白いことが起きてくるのではと思います。

不完全プランニングの可能性を説いた著書『都市の問診』(鹿島出版会)。人、土地、建物、自然などの声に耳を傾け、丁寧に言葉を組み立てコミュニケーションする臨床的な手法を「都市の問診」と名付けた。次なる都市計画の手法を提案した一冊。

取材・文 初瀬川ひろみ

〈完〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.55の記事を一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年3月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。