地域を「プレイス・ブランディング」の視点で読み解く
〜関西大学・徳山美津恵さんに聞く、
瀬戸内にみた希望〜<前編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.53

地域課題が深刻化する昨今、まちづくりや地域創生への関心がますます高まっています。地方を魅力ある地域としてブランディングし、関係人口、ひいては定住人口を増やしていくには、どういった手法が有効なのでしょうか。地域を対象にした「プレイス・ブランディング」を研究する関西大学の徳山美津恵教授にお話を伺いました。今回はその前編です。
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関西大学 総合情報学部 教授
徳山 美津恵さん
岡山県生まれ。2000年学習院大学大学院経営学研究科博士前期課程修了、2003年同大学院博士後期課程単位取得満期退学。主な研究分野はプレイス・ブランディング、消費者行動論。共著に『プレイス・ブランディング:“地域”から“場所”のブランディングへ』若林宏保、徳山美津恵、長尾雅信著(有斐閣)、『場所のブランド論 プレイス・ブランディングのプロセスと実践手法』若林宏保、徳山美津恵、長尾雅信、宮崎 暢、佐藤真木(中央経済社、2023年度刊行予定)。分担執筆に、『農林漁業の産地ブランド戦略―地理的表示を活用した地域再生』(ぎょうせい)、『宝塚ファンから読み解く 超高関与消費者へのマーケティング』(有斐閣)、『東アジア経済・産業のダイナミクス』(関西大学出版部)など。

アイデンティティーありきでなく「プレイス」から感じる意味を重視する

ご専門はマーケティングということですが、これまでどのような研究に取り組んでこられたのでしょうか。

徳山:大学院では消費財のブランディングを研究していました。主に、カップ麺や缶酎ハイ、お茶などのブランディングです。修了後、名古屋市立大学に就職したことをきっかけに、ブランディング研究の対象を消費財から地域に変え、それから現在まで20年ほど地域の研究を続けています。

現在の研究分野であるプレイス・ブランディングとはどのようなものですか。

徳山:なぜ「プレイス(場所)」が研究されるようになったのか、その出自はいろいろあります。1970年代からアメリカを中心に「デスティネーション・マーケティング」が研究されており、場所の一つとして「デスティネーション(観光地)」がありました。1990年代に入ると、都市にマーケティングの理論を導入する「シティ・マーケティング」という考え方が誕生します。この頃から少しずつ場所に対するブランディングという方向性が見られるようになり、1998年には国をブランディングの対象とする「ネーション・ブランディング」が登場します。観光地、都市、国という場所のレベルがあり、それらが「プレイス」に集約されるようになってきました。
私が使っているプレイス・ブランディングの定義は、S.アンホルトが創刊したプレイス・ブランディングの主要雑誌『Place Branding』(※1)(2004)のもので、「都市、地域、国々の経済的、政治的、文化的発展のためにブランド戦略を適用すること」。要するに、場所の多様な要素や特徴をブランドイメージの構築につなげ、観光客数や地域産品の販売額の増加といった具体的な成果に結びつけることだと考えています。

※1 現『Place Branding and Public Diplomacy』

先生の共著である『プレイス・ブランディング』(※2)では、その特徴などを述べられていますが、どのようなものですか。

徳山:ブランディングのモデルはさまざまありますが、どれもビジネスにおけるブランディングであるため、地域にあてはめようとすると問題や限界が出てきます。地域の特性を捉えたブランディングを考えるため、元株式会社電通クリエーティブディレクターの若林宏保氏(2022年より横浜商科大学教授)と新潟大学の長尾雅信准教授と共に、「プレイス・ブランディング・サイクル」というモデルを提唱しています。[図表1]
特徴は、人文地理学における「プレイス」という概念を適用していることで、「経験によって構築される意味の中心」を「プレイス」と定義しています。ここで言う意味とは、人間がある時間・空間の中で何かを体験し、感じることを指します。そのように「プレイス」を感じることを、人文地理学では「センス・オブ・プレイス」と呼び、私たちのモデルではこれを重視しています。
ブランドマネジメントでは、まず目指すべき明確なブランドのアイデンティティーを設定し、それありきになりますが、プレイス・ブランディング・サイクルでは、地域のアイデンティティーではなく、センス・オブ・プレイスを出発点にしています。

※2 『プレイス・ブランディング:“地域”から“場所”のブランディングへ』若林宏保、徳山美津恵、長尾雅信著(有斐閣)

出典:『プレイス・ブランディング』P.50

なぜ、アイデンティティーではないのでしょうか。

徳山:アイデンティティーを定めてその実現を目指しても、地域におけるアイデンティティーはどんどん変わっていきます。一度決めたら終わりではありません。センス・オブ・プレイスをきっかけとして、そこからどのように意味を作っていくかという動態的な考え方の方がいい。
また、企業はトップが明確なのでトップダウンでものごとを進めることもできますが、地域には多くのステークホルダーが存在します。全員が同じ方を向くのは難しい。さまざまなステークホルダーが関わることを「交わりの舞台」として捉え、さまざまな人々がさまざまなことをして意味が作られていく。地域から生まれる何かをきっかけに、「プレイス」の意味が広がっていくという感じです。

芸術祭をきっかけに次々と変化が起こった瀬戸内

プレイス・ブランディングの成功事例として、瀬戸内国際芸術祭やサイクリストの聖地・しまなみ海道などで、世界中から観光客を集めている瀬戸内を挙げていらっしゃいます。成功のポイントは、どこにあるのでしょうか。

徳山:2010年に香川県の直島、豊島、小豆島などで、3年に一度の瀬戸内国際芸術祭が始まったことをきっかけとして、地域の人々が希望を持って次々と動き出しました。しまなみ海道は1999年の開通直後からレンタサイクルの施設はあったものの、利用者は減少傾向にあった。それが、瀬戸内国際芸術祭で瀬戸内に注目が集まったことで一気に動きが起こったのです。2013年には、瀬戸内海に面する7県(※3)による「瀬戸内ブランド推進連合」も発足しました。みんながセンス・オブ・プレイスを感じ、瀬戸内に変化が起こり、それが拡散されて消費者のイメージにもつながっていったのです。

※3 兵庫県・岡山県・広島県・山口県・徳島県・香川県・愛媛県

小豆島の土庄町にある、三宅之功「はじまりの刻(とき)」。瀬戸内国際芸術祭2022で発表された高さ3.7mの陶製のオブジェで、割れ目からは草が生える(写真:Keizo Kioku)

芸術祭は各地で盛んに行われていますが、瀬戸内国際芸術祭は他と何が違うのでしょうか。

徳山:瀬戸内国際芸術祭2019の総来場者数(※4)はおよそ118万人で、世界的に見ても圧倒的です。アートを通して地域をのぞき、体験するものになっている。島ですから、島外からも島内でも交通の便は悪いのですが、逆に船でわざわざ行くという体験が評価されていると思います。島内でも歩かないといけない半面、歩くからこそ、地域の人とのコミュニケーションも生まれます。都会の人々にとって、島々の文化はかつてない新しい体験だったのではないでしょうか。瀬戸内という地域は面白い、と思わせる一つのきっかけが、瀬戸内国際芸術祭です。

※4 各会場の「基準施設」への来場者の合計数(参考URL https://setouchi-artfest.jp/press-info/press-release/detail301.html

そこに可能性を感じ、瀬戸内ブランド推進連合の音頭を取ったのは広島県知事です。まず、瀬戸内国際芸術祭で成功していた香川県に瀬戸内全体の連携を持ちかけました。そして、各県の関係者を連れて船で瀬戸内をツアーしたのです。自県の海しか見ていなかった7県が、みんなで海を見て連携の重要性を実感したと言います。それはのちに「せとうちDMO(Destination Management / Marketing Organization)」の組織化にもつながりました。

取材・文 初瀬川ひろみ

後編に続く

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.54の記事を一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2022年12月)のものです。

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。