なりわい暮らし住宅「hocco」
これからの住宅地の可能性とは?
ブルースタジオ・大島芳彦さんに聞く、暮らす人が主役のまちづくり<後編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.52

近年、地域の高齢化は、地方だけでなく都市部の郊外でも課題となっています。一方で、働く世代にはリモートワークや副業などがある程度浸透し、住まいは必ずしも都心の職場近くや駅近でなくてもよい、という考え方も広がってきています。団地の大規模リノベーションや地域再生などのプロジェクトに携わり、2021年には「hocco」という新たな住宅を手掛けたブルースタジオの専務取締役クリエイティブディレクター・大島芳彦さんに、これからの郊外住宅地の新たな可能性についてお話を伺いました。今回は、その後編です。
前編はこちら

株式会社ブルースタジオ

1998年設立。事業内容は、建築設計・監理からインテリアデザイン・商業店舗設計、不動産売買・賃貸借・仲介・斡旋及び管理、事業コンサルティング等、多岐に渡る。2000年よりリノベーション事業を始動し、個人邸のリノベーションのほか、事業用建物の再生、まちづくりなどにも力を入れている。
https://www.bluestudio.jp/

株式会社ブルースタジオ
専務取締役 クリエイティブディレクター 大島芳彦さん

1970年東京都生まれ。武蔵野美術大学造形学部建築学科卒業後、アメリカ、ヨーロッパに学び大手組織建築事務所を経て、2000年ブルースタジオ参画。発起メンバーでもあるリノベーションスクールでは全国の地域再生プロジェクトに関わり、2015年「日本建築学会教育賞」を受賞。2017年にはNHK「プロフェッショナル」に登場。一般社団法人リノベーション協議会理事副会長。大阪工業大学客員教授。

hoccoを、地域の福祉課題を解決できる存在に

これから、地域にとってhoccoがどんな存在になってほしいと考えていますか。

大島:hoccoが、地域福祉の一端を担っていくことをイメージしています。地域社会は、健康や医療などの福祉課題を抱えていますが、そういう課題こそ、身近な住宅地の中で解決した方がよいでしょう。

近年、各地でウォーカブルシティ(歩行者中心のまちづくり)の取り組みが進められています。車を使うのではなく、街の中を歩いて回ることが街の活性化になるという考え方で、これは主に中心市街地のウォーカブルということが提唱されているわけですが、私は、ウォーカブルな住宅地に注目しているんです。住民がみんな住宅地の中をたくさん歩くようになって、そこに会話が生まれ、住民同士のコミュニケーションが活性化すれば、おのずと自助的な努力や組織による互助・共助が成り立つようになると思います。

もちろん、そのためには、さまざまな世代の人たちの集まれる場所が大事ですから、hoccoがそうした場所になってほしい。イベントがあるときだけ大勢の人が集まるような場所ではなくて、世代に関係なく、毎日いろんな人が訪れる日常的な場所になっていければいいなと思います。

確かに、制度ではなく、地域コミュニティが地域課題を解決できるようになると理想的ですね。

大島:そう思います。さまざまな世代が集まる場という点で言うと、ご高齢の方と話していて、商店街におしゃれなカフェができると、「年寄りの行く所じゃない」「あそこは若い人が行く所だから」というようにおっしゃることがよくあります。若い人がおしゃれで良いと思っていても、上の世代にとってはわざわざ行かない場所になってしまうんです。ですから、できる限りインクルーシブな場所をつくろうとするならば、商店街のような商業地よりも、日常的な住宅地の風景の中の方がつくりやすいと思います。住宅地では、高齢者も子育てしている人も対等に暮らしているわけですから。

hoccoにも、工事中から、近所のご高齢の方が「何ができるの?」と楽しみに見に来てくれました。近所なので散歩の途中に立ち寄って、「このお店で初めてガレットを食べてみたの」とおっしゃってくれることもありました。そういうふうに、地域においてさまざまな世代が当事者として参加可能な場所はすごく大事で、そういった場所でなければ地域福祉は担っていけないと感じます。

2022年4月、hocco初のイベントとなる「桜堤おてせいなりわい市」を開催。1000人以上の来場者があったという。「このイベントは我々ブルースタジオと小田急バスが主催しましたが、近い将来には、現在設立準備中の入居者によるhocco自治会組織で運営する形がよい、と考えています。非日常のイベントを打つことではなく、恒常的にそういったアクティビティが能動的に生まれる場所にしていくことを目指しています」と大島さん

生活者に、能動性や当事者意識を取り戻す

インクルーシブな場所というお話が出ましたが、まちづくりの視点から、インクルーシブな社会にはどのような意識や行動が必要だと思われますか。

大島:能動性や当事者意識だと思います。これまでサービスを提供する側と消費する側は明確に区別されてきたことで、生活者は当事者ではなく、消費者に甘んじていました。商業地も、多くの消費者を集めることを目的とした機能を研ぎ澄ませてきましたし、生活者は消費者になっていれば心地よかったんです。しかし、そのような一方向で過保護なサービスは、利己主義的で閉鎖的な社会を生み出しました。インクルーシブな発想とは程遠い社会です。
つまり、「消費者」とは正反対の「当事者」としての意識を持った能動的な生活者が街や住宅地に存在することによって、そこにいる人同士の対等でインタラクティブな関係が育まれるのです。

当事者を育む社会には共有可能なビジョン(理想像)があるものです。共感が大事というのは近年のマーケティングの世界で頻繁に語られることですが、住宅地における生活者のなりわいには、実は共感が生まれやすいという事実があります。例えば、商業地のベーカリーで売っている大手メーカーのパンよりも、近所に住んでいる人が焼いて売っているパンの方が共感を呼ぶことがあります。パンの味以上に、「その人の“パン”が好きだ、食べたい」と生き様に共感するファンが存在したりするわけです。一方のつくり手にとっても、日常的に食べてくれる人の声は、糧になります。住宅地では対等でインタラクティブな関係が生じやすいのです。

そんなふうに、つくる人も食べる人も、当事者意識を持ち、共感によってその関係性がフラットになっていけば、インクルーシブな社会がどんどん広がっていくのではないでしょうか。

利便性の高さより、居心地の良さで人は集まるようになる

先ほど、さまざまな世代が集まる場所というお話が出ましたが、人が集まる理由ということに関して、近年は変化が出てきていると思います。人はこれまで、利便性が高い駅や商業施設に集まり、住まいなどもそのような観点で選んできました。しかし、デジタル化が進み、ビデオ通話やオンラインで物を買うことが当たり前になった今、人はどんな理由で、どのような場所に集まるようになると思われますか。

大島:何かしら特定のコミュニケーションを期待して出掛ける方向へ、どんどんシフトしていくと考えます。もちろん、友だちと会いたいのか、自分と価値観を共有する知らない人と出会いたいのか、どんな人とコミュニケーションを取りたいかは人によって違いますから、集まり方のレベルは多様化していくでしょう。

では、場を提供する側は何を考えればよいかというと、集まりたい根拠となる価値観を定め、出会うと楽しい仕組みやハプニングのバリエーションをつくることだと思います。例えばhoccoの場合、大人数が集まる場所ではないので、最小限の人が出会える仕組みを配しています。つまり、玄関や土間と外をつなぐポーチやベンチなどですね。これがあることで、わざわざインターホンを鳴らして声を掛けなくても、自然と人が出会える。そういう仕組みの延長線上に、いろんなレベルでの「暮らしの楽しみ」みたいなものが埋まっているんだと思います。

「その場所でどんな人と出会えるか」「どんな楽しみがあるか」といったことを基準にして、人は集まるようになる、ということでしょうか。

大島:そうですね。みんな、自分なりの居心地の良さを大切にするようになっているんじゃないかなと思います。

ビジョンのあるところに共感が生まれ、魅力的な街ができる

ブルースタジオは、自治体と協力した地方創生にも積極的に関わっておられます。では、鉄道会社やバス会社など、企業が主導するまちづくりには、どのような方向性があると考えていますか。

大島:行政主体のまちづくりは、老若男女すべての人たちの暮らしやすさを優先するため、標準的なビジョンで進められることが多いです。もちろんそれも大切ではありますが、最大公約数的なまちを生みがちです。公共交通機関としての鉄道会社やバス会社も大いに地域のビジョンを語ることができる立場ですが、行政とは違い民間企業ですから、自分たちで独自のエリアビジョンやグランドデザインを考えたまちづくりを進めることができますよね。個性的かつ明確なビジョンがあれば、それに共感する人が集まり、そこには能動的なコミュニケーションが生まれるはずなのです。hoccoもそのような状況を目指しています。

地方創生の現場でも商店街活性化のプロジェクトでも、私たちが市民の皆さんに提唱しているのは、まず近未来の暮らしのビジョンを持つことです。地主やアパートのオーナーなど小さなステークホルダーの方にも、まずは独自の地域のビジョンを作ってみましょうと話をしています。例えばアパートの世帯が8世帯なら8世帯のコミュニティのビジョンを持ちましょう、と。そうすると、「駅近」だとか「バストイレ別」といった土地や住宅の機能性ではなく、そのビジョンに共感してくれる人が集まってくれると思います。

取材・文 水谷真智子
写真提供 株式会社ブルースタジオ

〈完〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.52掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2022年6月)のものです。

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。