既存モビリティの概念を壊す、時速5kmの自動走行モビリティ
「iino」が提供する、新たな移動の価値とは<前編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.47

近年、電動キックボードや電動アシスト自転車など近距離移動を想定したマイクロモビリティに注目が集まっています。街なかでの小さな動きをサポートするマイクロモビリティが普及することで、人々の移動に対する価値観も変化していくのかもしれません。そんな中、既存のモビリティとは異なる、新たな価値を追求しているのが、2020年にサービスを開始した「iino(イイノ)」。人が歩く速度とほぼ同じ、時速5kmの自動運転でゆったりと走る低速モビリティです。開発に携わった、ゲキダンイイノ合同会社の嶋田悠介さんにお話を聞きました。今回はその前編です。

ゲキダンイイノ合同会社
座長 嶋田 悠介さん
1983年生まれ。2009年、関西電力株式会社に新卒で入社。経営企画室で中期経営計画策定などに従事した後、若手を中心にした社内の新規事業創設部門を立ち上げ、自身も2016年から専属となる。2020年2月、ゲキダンイイノ合同会社設立。2020年10月、時速5kmの自動走行モビリティ「iino」のサービスを開始。

「遅く近く」に行く価値を追求する、時速5kmの低速モビリティ

人が歩くくらいのスピードで非常にゆっくりと自動走行する「iino」は、モビリティとしてとてもユニークだと思いますが、このようなモビリティをつくろうと考えたのはなぜですか。

嶋田:関西電力の新規事業立ち上げに際して、電気を使ったモビリティをつくろうと考えてはいたのですが、どんなモビリティにしたらいいか、なかなかイメージが固まりませんでした。そんなとき思い出したのが、ごみ収集車の後ろに飛び乗る作業員の姿です。動いている車に乗ったり降りたりしているのが楽しそうに見えて、子どもの頃はあれに乗ってみたかったんです。

そういうものが街の中を走っていたら、発車時刻や乗り場といった既存の乗り物の概念から解放されて、好きなときに身一つで乗って、好きなときに降りられる。それができると、人々の活動範囲は広がりますし、世の中はもっと楽しくなるのではないかと思ったのです。

最初に開発された、立ち乗り型のiino type-S。障害物を検知しながら、設定されたルートを時速5kmでのんびりと進む。近づいてきたらヒョイと乗り込み、降りたいときにスッと降りることができる (動画はこちらhttps://www.youtube.com/watch?v=5ROjKH_kwAk

それで時速5kmのモビリティが誕生したのですね。

嶋田:最初から時速5kmがいいと考えていたわけではありません。ベースになっているのは、市場などで使われている運搬車のターレットトラックです。オープンな形がイメージに近かったからです。それを改造して実験を重ね、乗り降りしやすいスピードを探る中でたどり着いたのが、時速5km。人が少し早歩きするほどのスピードでした。

実は、当初はジョギングの速さぐらいの時速7〜8kmで試したんです。モビリティというからにはそのぐらいの速度で走らないとニーズがないだろうと思っていましたから。しかし、いざ走らせてみると、怖がって誰も乗ってくれませんでした。なんとか乗れても、乗車しながら手すりにしがみついているような状態だったのです。そこで、スピードを徐々に落とし時速5kmにしてみると、乗り降りがスムーズになるだけでなく、コーヒーを片手に周りの景色を楽しみ始めるなど、乗る人の行動も変化しました。

実験に参加した人たちからは、「普段見ている景色なのに、こんな所に緑があったことに初めて気付いた」とか、「乗ると不思議とボーッとして、急いでいたはずなのに『まあいいか』という気分になった」などの声が出ました。

これまでのモビリティは、いかに速く遠くに行くかがミッションでしたが、全く逆の「遅く近く」に行くことにも価値があるのではないかと気付きました。それで、iinoは「遅く近く」に行く価値、つまり便利以外の価値を提供していこうという方向性が決まりました。

自動走行にしたのはなぜですか。

嶋田:自動にするというのは、事業を始めて最初に決まりました。ドライバーがいると、どうしてもバスやタクシーに乗っているのと同じように目的地に連れて行ってもらう意識が強まるのか、好きなときに乗って好きなときに降りるという感覚になりづらかったんです。そうなると、既存のモビリティに対するのと同じように、速さや便利さを求めてしまう傾向も出てくるようでした。人と空間の関係性や距離感によって、体験の質というのは全然違うものになってしまうんです。より既視感のない移動体験を提供するためには、自動走行はマストの条件でした。

「さまよう」ことを楽しむ視点で移動を捉え直してみる

iinoには、幾つかのタイプがありますね。

嶋田:当初開発したのは、公園のような都市の歩行者エリアや商業施設などでの利用を想定した「type-S」と、観光地やリゾートホテルなどでのラグジュアリー体験を想定した「type-R」です。type-Sの実証実験では、「動く茶室」や「移動式日本酒バー」として大阪城公園内を走らせました。また、type-Rは、栃木県宇都宮市の大谷採石場跡などを舞台に、幻想的な空間を貸し切って、ディナー付きモビリティ体験サービスを行いました。

iino type-Rは、ソファの上に座ったり寝転んだりしながら乗車可能。これまでに栃木県宇都宮市の大谷採石場跡(写真)などで、ディナー付きのモビリティ体験を提供 (動画はこちらhttps://www.youtube.com/watch?v=pI0u4UsKO3c

どちらも、限定された敷地内で動くことが想定されていますが、街の中を動くことも考えていますか。

嶋田:もちろん、街で動かすことが大きなテーマです。最新モデルの「type-S712」は、公道を走ることを想定して開発しました。歩道を走れるよう電動車いす相当の大きさにして、3人乗りにしました。「動く家具」をコンセプトとした、木製家具のようなデザインです。歩行者中心のまちづくりであるウォーカブルシティを見据え、歩くことを補完し、街の回遊性を高めるモビリティを目指しました。

街にいる人たちが、便利以外の価値を自然と享受できるようにしたいんです。目的地という点だけを楽しむのではなく、移動の中で偶然出会ったものから刺激を受け、さまようことを楽しむ。そういう移動体にしていきたいですし、そういう視点で街も、移動そのものも捉え直したいという思いがあります。

iino type-S712は、小型3人乗りを想定した最新型。神戸三宮の実証実験でも走行した (動画はこちらhttps://www.youtube.com/watch?v=Xci16MOtp9s

移動とは何かということを、考えさせられる視点ですね。

嶋田:2017年にこのプロジェクトを始めましたが、「移動とは何か」「そもそもなぜ移動するのか」ということを考え続けてきました。速く移動することを求めるようになったのは、農耕社会になって人々が定住するようになってからではないかと思います。それまでの狩猟採集社会では、その日食べるものを探しながら、あちこちをさまようように移動していたはずです。

そして、人類の歴史から見れば、狩猟採集の時代の方が圧倒的に長いですよね。だから、さまよう移動の方が人間の脳の奥深くに刻まれているのではないか、根源的にそれを求めているのではないか、というようなことをプロジェクトチーム内で話し合ったりしています。

なるほど、だからこそ「遅く近く」に行くことに価値を感じるのかもしれませんね。

嶋田:ゆっくりさまよいながら、気になったところでスッと降りて、気になった店に入る、そんな偶然性は楽しいですよね。街の中をゆっくり走ることで、店舗の前を通り過ぎるときにお店のスタッフが手を振ってくれたり、街の人から声を掛けられてちょっとした会話が生まれたりすると、乗っている人は街から歓迎されていると感じる。そういうコミュニケーションや、温かみのある関係もつくりやすいと思います。

街の中を走るtype-S712は、具体的にはどのような使い方をするのですか。

嶋田:時間帯や環境によって、さまざまな使い方を想定しています。例えば、最も人通りが多い時間帯にはiinoが隊列を組んで走り、一時的に「動く歩道」のような役割を果たします。また、普段あまり人通りがないエリアでは、店と連携するなどしてルートを迂回しながら集客につなげることもできます。いわば、「スポットへの集客装置」のような使い方です。

あるいは、カフェと連携して一定時間iinoを店頭に止め、テラス席のベンチやカウンターのように使ってもらう「ストリートファニチャー」としての役割も担えます。動かしたり止めたり臨機応変に使い分けながら、単に通り過ぎる場所ではなく、人々が時間を過ごす場所としてのまちづくりに役立てたいと考えています。

取材・文 初瀬川ひろみ
写真提供 ゲキダンイイノ合同会社

〈後編に続く〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.52掲載のためのインタビュー内容を基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2022年6月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。