劇場版『新幹線変形ロボ シンカリオン』で取り組む、幅広い世代に向けた戦略的コミュニケーション

エンターテインメント VOL.4

写真右:東宝株式会社 映像本部 映像事業部 映像宣伝室 シアトリカルグループ シアトリカルチーム 宣伝プロデューサー 井上瑞樹氏
写真左:ジェイアール東日本企画(jeki) メディア・コンテンツ本部 コンテンツビジネス局 コンテンツ第二部 向山ひとみ

jeki・小学館集英社プロダクション・タカラトミーの3社で企画・開発し、新幹線がロボットに変形する基幹玩具プラレールを中心に各種ライセンス商品を展開してきた『新幹線変形ロボ シンカリオン』。2018年にはテレビアニメが全国放送され、さらなる人気に。惜しまれながらも2019年6月に最終回を迎えましたが、ファンの熱は冷めやらず。いよいよ待望の劇場版『新幹線変形ロボ シンカリオン 未来からきた神速のALFA-X』が12月27日(金)より全国の映画館で公開されます。

 劇場版では、これまで登場したシンカリオンが全国から集結するだけでなく、JR東日本の次世代新幹線の開発のための試験車両「ALFA-X(アルファエックス)」がシンカリオンへと変形し大活躍。シンカリオン誕生の秘密や時空を超えた主人公・ハヤトと父・ホクトの親子の絆など、新たな物語が展開します。そして、テレビシリーズでも度々話題となったコラボ展開も盛りだくさん!
 子どもたちはもちろん、一緒に視聴する親や鉄道・アニメ・別作品のファンに至るまで、老若男女を問わず多くのファンを取り込みつつ、大人気作品として進化する劇場版『シンカリオン』の宣伝コミュニケーションについて、本作品の宣伝プロデューサーを務め、一児の母として母親目線でもシンカリオンを見守る東宝株式会社の井上瑞樹氏と、jekiコンテンツビジネス局で、『シンカリオン』の公式SNSプロモーションなどを担当する向山ひとみが語り合いました。

『シンカリオン』の制作・宣伝現場は「チームシンカリオン」そのもの!?

向山:いよいよ劇場版『新幹線変形ロボ シンカリオン 未来からきた神速のALFA-X』が封切られます。2015年にシンカリオンを立ち上げて4年、テレビアニメで1年半。映画はエンタメのトップという感じもあり、胸に熱くこみ上げてくるものがあります。井上さんには、映画化が決まった直後からプロモーションに加わり、新しい風を入れていただきました。

井上:テレビアニメを息子と一緒に観ていたので、劇場版にスタッフとして参加できるのは、すごくうれしかったですね。テレビアニメのスタッフがそのまま劇場版にも引き継がれていたので、新参者としてどんな顔して入ればいいのかと緊張しましたが、皆さんオープンでフラットな方ばかりで、すぐに受け入れていただけました。できることはそれぞれ違うけどできることを頑張る、みんなで協力し合う…って、まさに「チームシンカリオン」そのものだなあと。

向山:みんなシンカリオン愛ゆえか、明確な境界線を引かずに『シンカリオン』のためにできることを全力でやっていますよね。4年間でチームの絆は強まり、それぞれ経験も積んできたので、そこに東宝さんが加わったことでさらに心強いです。

井上:単なる仲良しではなく、真剣に仕事をするからこその絆なんですよね。最初に「すごい」と感じたのは、新参者の私の意見もむげにせず真摯に耳を傾けてくださったことです。これだけ続けばプライドもこだわりもあるはずですが、それが足かせでなく、「もっといろいろ聞かせてください」という情熱につながっている。『シンカリオン』で大切なことは譲らないけれど、きちんとその理由も解説してくださる。その線引きがなされているところにプロ意識を感じました。

向山:宣伝プロデューサーである井上さんの役割は、多くの方に劇場版『シンカリオン』を知っていただき、映画館に足を運んでいただくことだと思うのですが、プロモーションのターゲットやメディアの選定・展開などはどのように進められましたか。

井上:テレビアニメの放送を経て作品のファン層が明確だったので、プランニングは悩むことなく早い段階でできました。宣伝メンバーだけでなく、制作の現場からもどんどんアイデアが上がってくるので、どう予算を割り振り、より効果的に訴求していくかが悩みどころでしたね。制作も宣伝も境界なく、みんなが1つの目標のもとに協力し合うのは、すばらしいと思いました。

「子どもだけじゃない」大人のファンも増やし続けてきた戦略とは

井上:テレビアニメの『シンカリオン』には大人のファンもたくさんいて、私にはそれがとても新鮮でした。はじめから狙って大人のファン獲得に取り組んでこられたのですか。

向山:いえ、実はシンカリオンは玩具(プラレール)から始まっていることもあり、最初は未就学児が対象でした。テレビアニメ化にあたり、子どもだけでなく家族みんなで観てもらえる作品にすることを意識したことで、幅広いファン獲得につながったのだと思います。勇気や友情といった、キッズアニメには欠かせない普遍的なテーマに加えて、子どもが絶対に気づかないような細かいところまで丁寧に作り込んだことで、大人のファンがじわじわと広がったという感じです。

井上:本当に「細かいところ」に楽しみがたくさん隠れているんですよね。シンカリオンの武器が「カイサツソード」という名前だったり、キャラクターの名前も駅名や地名に縁のあるものだったり。Suicaのペンギンも出てきますよね(笑)。でも、エヴァンゲリオンや初音ミクとのコラボとなると、さすがに子どもにはわからない。大人ファンを意識した戦略だったんですか?

© Crypton Future Media, INC.

向山:いえ、実はエヴァンゲリオンとのコラボについては、プロデューサー陣の中にエヴァンゲリオンのことが好きなメンバーがいまして(笑)。JR西日本の500系新幹線をエヴァンゲリオンでラッピングするという企画が決まったのを受けて、「この“エヴァンゲリオン新幹線”を絶対シンカリオンにするぞ!」と。それがきっかけなので、決して戦略的なマーケティングではないんです。テレビアニメに「シンカリオン 500 TYPE EVA」が登場する際には庵野監督にもコメントいただき、結果として楽しんでくださるファン層も広がりました。

井上:そこですよね。テレビアニメも「アニメにしたい」という思いからTBSさんが手をあげられたのがきっかけですし。みんなが「こうしたい」という思いがある。その思いで大の大人たちが「やりたいから」「関わりたいから」と集まって組み立ててきた感じがあります。そういう積み重ねにいろんなファンが呼応して、人気が広がってきたのでしょうか。

向山:そうかもしれないですね。『シンカリオン』に関わるスタッフは、皆、それぞれ作品のためにこうしたいという想いがあり、“シンカリオンの軸”も熟知した上で、それぞれ異なるファン目線を持っているような気がします。

井上:たしかに。私がママ目線で楽しむファン代表なら、『シンカリオン』のスタッフの中には、自腹で『シンカリオン』のイベントに参加するとか、全国各地に新幹線を見に行くとか、いろんなタイプのファンが揃っていますよね。制作チームからも「宣伝なんだから、作品に合わせて発信してよ」という態度でなくて、「こんなファンに、こう伝えられない?」という提案がどんどん出てくるのは、そのためだからでしょうか。様々なファン目線での提案を形にしながら“非戦略”的なプロモーションを行ってきたことが、結果として“戦略”になっていますね(笑)。

向山:王道から外れたものも「ありだよね」っていう感覚は、『シンカリオン』の世界観と同じですよね。たとえば、『シンカリオン』に出てくるキャラクターはそれぞれすごく好きなものがあって、ちょっとオタクっぽかったり、偏った趣味の子もいたりするんですけど、絶対に相手の好きなものを否定しないんです。「好きなものは好きなもののままでいいんだよ」っていうメッセージを丁寧に描いています。作品もそうですが、宣伝も「こんなやり方、楽しみ方でもいいんじゃない?」という自由さがあります。

©カラー

井上:観る人ごとに楽しみ方があることが、『シンカリオン』の人気を支えているのかもしれないですね。劇場版ではロボットアニメとしての魅力はもちろん、友情や親子の絆、鉄道ファン憧れの「ALFA-X」の登場や他アニメとのコラボレーションもあれば、伊藤健太郎さんや吉田鋼太郎さんといった今をときめく俳優さんの参加もあります。ゲスト声優として今回から加わっていただいた人気声優の釘宮理恵さんや、主題歌を歌うBOYS AND MENから『シンカリオン』に親しむ方もいますし。

向山:本当に内容が盛りだくさんなので、きっと楽しみ方は人それぞれだと思います。映画を観終わった後に、周りの人はもちろん、親子でも話をしてみてほしいですね。

大人ファンとSNSでつながり、気持ちを共有し合う

井上:向山さんは宣伝の中でもSNSなど新しいメディアの担当として、ファンの反応をダイレクトに感じられていると思います。

向山:そうですね。SNSごとにファンの反応が全く違うのが面白いですね。Twitterはテレビアニメや鉄道などを起点にした“大人ファン”で、インスタグラムはほぼ小さな子どもがいる“ママ”が多いです。特にこの2つのメディアでは同じ内容を投稿しても全く違う反応が返ってくるんです。たとえば、シンカリオンの着ぐるみが登場するイベント情報はインスタグラムの方が非常に反応が大きいし、様々な意見をいただきますね。情報を出すタイミングが、Twitterだと1週間前程度でも受け入れてもらえるのですが、インスタグラムだと「もう少し早く教えてほしかったです」という意見もいただいてしまいます。ママの場合、家族のスケジュールを合わせる必要があるので、早めに情報がほしいということなんだと思います。

井上:ああ、それは実感ありますね。ママとしての私は1カ月くらい先までみないと予定を入れられないので。

向山:でも、場所によっては人が集まりすぎると安全性が確保できないので、イベントの運営側から情報を早めに出さないでほしい、もしくは『シンカリオン』公式からはアナウンスしないでほしいと言われることもあります。どちらの気持ちもわかるだけに悩ましいですね。

井上:その辺のせめぎあいはSNSならではの難しさですよね。ファンを喜ばせたい、でもビジネスとしての配慮も求められる。でも、それを乗り越えて、SNSを通じてファンとつながりあえると、本当に大きな感動がありますよね。先日の台風の時もいろいろ悩みましたけど…。

向山:長野の新幹線の車両基地が台風の被害にあわれた時ですよね。大勢のファンからTwitterで「がんばれ北陸新幹線!」と、『シンカリオン』とリンクさせて新幹線や車両基地を応援する声が上がっていました。私もタイムラインでずっと見ていたので、何かしたいと思いつつ、全国的に大きな被害が出ている中で一部だけ取り上げるのはどうなのか…など、考えるべきことが色々あったので、迷っていたんです。その時に井上さんから、息子さんがあのニュースを見てすごく悲しんでいる、と伺って、やっぱり『シンカリオン』の公式アカウントとして何か伝えなくてはと。

井上:2歳の息子でも悲しそうにするくらいだから、『シンカリオン』や新幹線が好きな人はもっと傷ついてるかもしれないという話をしましたね。すぐにメッセージを出すのは難しいかもしれないけど、何か元気づけられる方法はないかとコメントや添える画をいろいろ考えて…。

向山:いろいろやりとりしましたよね。そして、あのツイートが正解だったかはわかりませんが、出したツイートへの皆さんの反応も、心温まるものばかりで。やってよかったなと思いました。

井上:その後、「応援上映をしてほしい」という声に応え、11月にテレビアニメの応援上映も実施することになりましたね。正直言うと、まだ映画が完成しない時点での応援上映は原則行わないのですが、向山さんが吸い上げてくださったファンの声に背中を押された形で、初の応援上映が実現しました。

向山:ファンの皆さんの熱量を肌で感じられる機会は、普段なかなか無いので、想いを込めた作品を楽しんでくださる方の存在を感じられたことが純粋にうれしく、かなりモチベーションも上がりましたよね。ファンの皆さんの反応を見て「そういうところに注目するのか!」と、スタッフ目線ではわからなかった発見もたくさんありました。

「親と子の成長物語」をメッセージとして伝える

向山:SNSを見ていると、当たり前ですが“大人ファン”の意見が断然多いんです。普段から、大人ファンの意見だけに耳を傾けて、子どもや親世代が無視されたプロモーションにならないように気を配ってはいますが、子どもや親の目線も持つ井上さんの意見は大変参考になります。

井上:私たち親子も含め、ファンである周囲のママ友や甥っ子らの感覚は、仕事でも大事にしてきました。たとえば、マーケティングの調査でも明らかでしたが、『シンカリオン』を好きなのは男の子だけじゃないんです。実際、友人の娘たちが『シンカリオン』の大ファンという事実を見ていましたし、女の子を排除してしまうような表現はしないように常に意識して、「『シンカリオン』のファンは男の子だけじゃない」と言い続けてきました。

向山:それでいくと、「子どもだけじゃない」もありますよね。一緒に観ているうちにママがだんだんファンになって、“ママが好きだから”イベントに連れて行く。そんなママファンの声も、SNS上ではよく見かけます。劇場版は家族みんなそろって観られるのがいいですよね。

井上:そうですね。子どもたちも、親と一緒に体験できるのはうれしいんですよ。そういえば、『シンカリオン』もいろんなイベントをやってきていますが、映像をこんなに長い時間一緒に観るという体験は劇場版が初めてかもしれません。今はテレビもタブレットも複数あって、コンテンツの個別化が進んでいますが、子どもが好きで映画に連れて行ったら親もファンになるというパターンも増えそうですね。

向山:私も『シンカリオン』に関わり始めてから、本物の新幹線を見ると「めっちゃかっこいいじゃん!」とつい思ってしまうようになりました。大人になってから、こんなに乗り物に興奮するようになるとは思わなかったですね(笑)。新幹線は今やあって当たり前のものだと思っている方も多いと思いますが、ただの便利な乗り物ではなく、関わっている様々な人々の気持ちを乗せて全国各地をつないでいるものなんだと、以前とは少し違う気持ちで見るようになりました。大人も子どもも、『シンカリオン』を見て何かを感じてくれると嬉しいです。

井上:私には『シンカリオン』が家族やチームの成長物語に見えるんです。そもそも、子どもと大人が一緒に平和を守るというコンセプトがすごくいいなと。子どもに押し付けてやらせるのでもなく、守るだけの対象とするのでもない。速杉家でもハヤト君を一人の人間として見るからこそ、彼のシンカリオンの運転士になるという決断をお父さんは葛藤しつつも尊重するんですよね。そうした「家族のあり方」が描かれているのがすごくいいなと。

向山:大人と子ども、そして父親と息子が協力して何かを成し遂げるというのは、母親目線でも熱いものがあるのではないでしょうか。

井上:そう、ハヤト君が以前お父さんにかけたもらった言葉を、劇中で9歳の少年として現れるお父さんが悩んでいる時に、そのまま返すシーンがあるんですが、そのやりとりがすごくよかったですよね。ハヤト君の言葉でお父さんもハッとするんですが、実際に観ているパパたちもきっとハッとするんじゃないかと思います。

向山:JR東日本の電車に中づり広告を出すことになったんですが、東宝さんにご提案いただいた中づり広告のデザイン案も、親世代に響くものに仕上がったのではないかと思います。当初は映画のメインビジュアルのみで進める予定だったんですよね。

井上:ええ、映画のメインビジュアルを伝えるものを1種しっかり作って、その上でもう1種類ちょっとチャレンジなものを提案しました。中づり広告は掲出位置が高く、子どもの目線が届きにくいので、あえて子どもが見ない前提の広告にしてもいいんじゃないかと考えました。そこで、子どもの「好きなもの」は好きなままでいい、というシンカリオンの核にもなっている想いを、親を含めた多くの方にメッセージとして伝えたいと思ったんです。

向山:デザインラフを見た時点でもう、「絶対これやったほうがいいですよ!」ってなりましたね。子どもがいる社員も「親として背筋が伸びる感じがします」と言っていました。

井上:忘年会帰りのお父さんお母さんが電車の中で見て、「早く帰って子どもの好きなこと聞かなきゃ!」って思ってもらえたら嬉しいですね。

向山:ええ、そしてぜひ、劇場版『シンカリオン』もたくさん観に来ていただけたらと思います。これからも協力し合って、『シンカリオン』の魅力を伝えていきたいですね。本日はありがとうございました。  <了>

上記ライター向山 ひとみ
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エンターテインメント VOL.6

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  • 向山 ひとみ
    向山 ひとみ コンテンツビジネス局 コンテンツ プロデューサー

    2013年入社。営業局にて人材、消費材、飲料、ゲーム等の幅広い企業のプロモーションを担当。 2017年よりコンテンツビジネス局にて映画・アニメへの事業参画・宣伝等に従事。