脳科学を応用すれば、消費者の“習慣”は変えられる!?
−−茨木拓也さんに聞く、脳科学応用のためのヒント(後編)

近年、脳科学を応用し、消費者の意思決定過程を脳の情報処理としてアプローチする方法が注目されています。消費者が無意識に行う“習慣行動”について、最新の脳科学の知見をビジネスに応用する取り組みを行う、NTTデータ経営研究所の茨木拓也さんにお話を伺いました。今回は、その後編です。<前編はコチラ

茨木 拓也さん

NTTデータ経営研究所
情報未来イノベーションセンター
ニューロイノベーションユニット シニアマネージャー
茨木 拓也さん
東京大学大学院 医学系研究科 医科学修士課程(脳神経医学専攻修了)。同・医学博士課程中退。2014年、NTTデータ経営研究所入社。神経科学(脳科学)を基軸とした新規事業の創生や研究開発の支援に多数従事。幅広い業種の民間企業の研究開発支援に取り組んでいる。公的機関や国立大学等の研究開発戦略の支援も行う。

新しい行動を誘発するフレームワーク「EAST」

習慣化された行動を変容させ、新しい行動を誘発するにはどうしたらよいのでしょうか。

茨木 そういった研究を行っているのは、公衆衛生に関わる分野です。不健康な行動を改めて健康的な行動をすれば社会保障の負担を減らせるので、とても大事な分野です。公衆衛生分野の科学先進国は英国なのですが、英国でつくられた「EAST」というフレームワークが、健康行動誘発のために提案されています(※2)。脳科学的に見ても、新しい行動を誘発する手法として信頼性が高いと思われるので、紹介しましょう。

「EAST」は、Easy、Attractive、Social、Timelyの頭文字を取ったもので、本質的に人間が面倒くさがりだということを前提に組み立てられています。

Easyは「行動の障害になるものは、ちょっとしたものでもなくせ」ということです。人は、変化を迫られてもいつもの行動を取りがちで、行動を変化させる労力を惜しみます。ですから、奨励する行動を選択させるコストを最小化する工夫が大切です。例えば、予防接種を勧める際「受ける方は書面のチェック欄にチェックを入れてください」と頼んだとします。ところが脳はチェックを入れる労力を惜しむので、結果として接種を受けない人が多くなります。それを逆手に取り、「受けたくない人」が書面にチェックを入れるようにすると受ける人が増えます。

そんな小さな工夫で、行動を変えられるのですね。

茨木 面倒くさがりというだけではなく注意力にも限界がありますから「シンプルで効果的なメッセージを発信する」「色や形、空間デザインで注意を引く」。これが次のAttractiveで、脳が気付きやすくなるポイントです。

第3のSocialは「他人のしている行動を見せる」ことです。人間は社会規範に大きな影響を受ける生き物なので、脳は他人がどうしているかを常に気に掛けています。ですから、それが新しい社会的なルールになったかのような施策を打つと効果があります。

そして第4のTimelyは「人が最も行動を変えやすいタイミングときっかけを見極めて働き掛ける」ことです。

その他、心理学からの知見で、人の心を動かすワーディング(言葉の使い方)も効果的です。ある実験では「嘘をつかないで」と言うよりも「嘘つきにならないで」と声掛けを行った方が、嘘をつく人が少なくなりました(※3)。人間は嘘をつくなど悪いことをするときに「本来自分は善良だが今回だけは特別」と心にふたをしてしまう。だからこそ、そのときの行動ではなく人格に働き掛け、例えば「犯罪を犯さないで」より「犯罪者にならないで」と声を掛ける方が有効なのです。

過去の記憶と文脈が一致すると、人は習慣的に同じ行動を取る

駅や電車内という移動空間は、習慣形成をする上で、どのような場だと言えるのでしょうか。

茨木 参考になりそうなものとして、買い物帰りの習慣に関係する2つの心理的作用があります。一つは「気分状態依存効果」で、記憶されたある気分と同じ気分になると、記憶にある行動が想起されやすいというものです。例えば「疲れた」ときに、コーヒーを買う習慣が付いている人は、その気分自体が手がかりとなり行動を起こしやすくなります。仕事で疲れたときに飲んでいれば、運転で疲れたときにも飲みたくなるといった現象です。

もう一つは「記憶の文脈依存性」で、ある記憶の文脈(場所や時間など)と今の文脈が一致すると、以前の記憶が想起されやすいというもの。「買い物が終わり」「車に戻る前」「駐車場」という文脈でよくコーヒーを飲む人は、「駐車場」に来るだけでコーヒーが思い出されやすい≒飲みたくなりやすいという現象です。

駅や電車内は、利用する人にとっては高頻度な文脈と言えると思います。通勤・通学者ならば、必ず朝夕1度はそこを通るというように、時間や空間がある程度固定されているわけですから、何か新しい習慣行動を付加するには有利な条件を備えていると言えるでしょう。

習慣化された通勤・通学の中で、途中下車を促すポイント

駅消費研究センターでは、通勤で鉄道を利用する方が、自宅最寄り駅・乗り換え駅・勤務先最寄り駅といった決まった場所だけでなく、今まで通過していたような駅にも降りるようになれば、駅消費がさらに活性化すると考えています。「仕事帰りの途中下車」を促すポイントはありますか。

茨木 通勤・通学は、自動的かつ無意識的な性質の強い行動なので、一度習慣として定着すると、そこから逸脱させることは非常に難しいと思いますが、方法がないわけでもありません。

環境保護のために公共交通機関の利用を促すことを目的とした英国の調査で、通勤・通学での車の利用率と同じ場所に住んでいる時間の関係を調べたものがあります(※4)。これによれば、住んで最初の1~2年は車の利用率が低いのですが、その後は上がったまま、何年たってもほぼ変わらなくなります。つまり、その場所に住んで日が浅いうちは、車での通勤・通学という行動がまだ習慣化されていないので、他の交通手段を選ぶ場合が多い。しかし、車での通勤・通学が習慣として定着してしまえば、別の場所に引っ越さない限りその習慣を変えることはほぼない、ということです。

ここから分かるのは、通勤・通学のパターンを変えようとするなら、チャンスはその人の環境が変わったときだということですね。つまり、自宅や勤務先などが移転したタイミングが、新しい行動習慣をつくる好機と考えられます。例えば、新生活が始まる人が多い4月とか、定期券を買い替えた人などを狙ってアプローチするのが効果的でしょう。さらに、「仕事の終わりの疲労感」→「途中駅で降りる」→「癒やしやご褒美消費」といった、文脈に結び付けるような商品・サービスを提供することが大事だと思います。

他には何かありますか。

茨木 人には、寄り道したり新しい人やモノと出合うことを厭わないタイプと、かたくなに習慣を守ろうとするタイプがあります。後者の場合、習慣に従うことによる安心が報酬なので、行動変容を促すのは難しいと思います。ターゲットにするなら、まずは前者でしょうね。

通勤中の電車内では、何もすることがないという人も多いですから、情報も入りやすい。車内や駅のデジタルサイネージなどの媒体を通して、途中下車行動誘発のきっかけになる情報、例えば到着駅周辺の飲食店の料理画像や、その駅ならではの発車音などを流すのは、効果があると思います。

今回伺ったさまざまな知見は、駅消費にも活かせそうです。

茨木 消費行動の習慣は、つくるのに一工夫と努力が要りますが、一度できてしまうと非常に強く自動的なので、とても安定した利用につながると思います。毎日行う「移動」と掛け合わせやすい有利な状況が整っているので、今回ご紹介したような脳科学の知見を大いに活かしてもらいたいと思います。

<注釈>
※2 Hallsworth et al., 2016, “APPLYING BEHAVIORAL INSIGHTS SIMPLE WAYS TO IMPROVE HEALTH OUTCOMES, Report of the WISH Behavioral Insights Forum 2016
※3 Bryan, CJ, Walton, GM, Rogers, T, Dweck, CS. Motivating voter turnout by invoking the self. Proc Natl Acad Sci USA, 108:12653-12656,2011
※4 Thomas, G. O., Poortinga, W. & Sautkina, E. Habit discontinuity, self-activation, and the diminishing influence of context change: Evidence from the UK Understanding Society survey. PLoS One 11, 1–16 (2016).

取材・文 高橋盛男
撮影 片山貴博

<完>

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.39掲載のインタビューを一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2018年12月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 安川 由紀
    安川 由紀 駅消費研究センター 研究員

    2007年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局で鉄道や商業施設関連のプランニングに従事した後、2014年より現職。現在は、駅利用者を中心とした生活者のインサイトや消費行動の研究に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター 研究員

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事した後、2015年より現職。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。