脳科学を応用すれば、消費者の“習慣”は変えられる!?
−−茨木拓也さんに聞く、脳科学応用のためのヒント(前編)

近年、脳科学を応用し、消費者の意思決定過程を脳の情報処理としてアプローチする方法が注目されています。消費者が無意識に行う“習慣行動”について、最新の脳科学の知見をビジネスに応用する取り組みを行う、NTTデータ経営研究所の茨木拓也さんにお話を伺いました。今回は、その前編です。

茨木 拓也さん

NTTデータ経営研究所
情報未来イノベーションセンター
ニューロイノベーションユニット シニアマネージャー
茨木 拓也さん
東京大学大学院 医学系研究科 医科学修士課程(脳神経医学専攻修了)。同・医学博士課程中退。2014年、NTTデータ経営研究所入社。神経科学(脳科学)を基軸とした新規事業の創生や研究開発の支援に多数従事。幅広い業種の民間企業の研究開発支援に取り組んでいる。公的機関や国立大学等の研究開発戦略の支援も行う。

技術の進化によって、脳科学の産業への応用が拡大

現在、茨木さんが手掛けている業務について教えてください。

茨木 脳科学の産業応用に特化したコンサルティングです。これまで蓄積されてきた脳科学の研究成果、特に人の心と行動に関わる科学的な知見を、実際のビジネスに反映していく仕事です。その領域は、ものづくりやマーケティング、ヘルスケアなどからAI(人工知能)まで非常に多岐にわたります。

何か実例はありますか。

茨木 先駆的な例として、NTTデータが提供している「NeuroAI D-Planner」というサービスがあります。

これは、元々は、動画広告の視聴者の脳を計測し、そのときに受けた印象や感覚を「楽しい」「かわいい」「難しい」といったさまざまな知覚単語でアウトプットすることで、広告の質的な側面を定量的に検証するサービスです。大量に計測データを蓄積したことで、現在は計測なしで脳の活動を予測することも可能になっています。

従来の視聴率や再生数、アンケート調査などの手法では、広告の質的な部分が視聴者にどう評価されたか捉えきれない部分がたくさんあります。しかしこの技術を使えば、視聴者が動画のどの場面でどんな反応をするかが時系列で分かります。視聴者が自覚できない無意識の反応も拾うことができます。

それを広告制作に活かせるのですね。

茨木 クライアントが伝えたいメッセージと視聴者に伝わるメッセージを合致させたり、クライアントが誘起したい広告効果を最大化できる内容について示唆を得たり、といったことが可能です。

脳科学の基礎研究が進んで脳のメカニズムが明らかになってきたこと、fMRI(MRI装置を使って脳の活動を調べる方法)の進歩で脳の反応を細かく見られるようになったこと、さらに、そこから得た膨大なデータを、コンピューターを用いた機械学習によって処理できるようになったことで、脳科学の産業への応用が加速しています。

私の関心は、こうした「脳情報通信技術」と呼ばれる分野の技術を軸としながら、世界にあるさまざまな情報が人間の脳(心)にどう影響を与えるのか、その関係を知ることです。

習慣を形成するのは脳の学習のメカニズム

消費において、売り手側には消費者の習慣的な行動を促したいという場面が多々あるのですが、人の行動の習慣化はどのようにして起こるのですか。

茨木 人の行動の習慣化とはどういうことかを、脳の働き方で説明する上で、まずは「学習」のメカニズムについてお話しましょう。「学習」とは、やや乱暴に単純化して言うと、生得的には関係のないものを処理するニューロン(脳神経細胞)同士が同時期に活動することにより、そのつながりが強くなっていく過程です。学習には「パブロフ型学習」や「オペラント(道具型)学習」といったものがあります。

パブロフ型学習は、犬に餌をやる前にベルを鳴らすのを繰り返すと、ベルの音を聞くだけでよだれを垂らすようになるというものです。餌に関連する感覚情報(味・匂い等)と反応(よだれ)の間には、元々ニューロン同士のつながりがありましたが、音(ベル)と反応(よだれ)の間につながりはありません。しかし、音(ベル)と味覚(餌)の刺激が繰り返されると、音(ベル)と反応(よだれ)の間のつながりが強化され、やがてベルの音を聞くだけでよだれが出るようになります。

オペラント(道具型)学習は、例えば、マウスがレバーを押したら報酬(餌)を与えることを繰り返すと、やがて高頻度でレバーを押すようになったり、レバー自体を報酬と感じるようになったりするというものです。これは、レバーという手がかりの後に押すという行動を起こした結果、報酬(餌)を得るという一連の体験を繰り返すことで、「レバー」と「押すという行動」、「レバー」と「報酬」を扱うニューロン同士のつながりが強くなるため起こります。結果、マウスの「レバーを見ることに関するニューロン」が活動すると、「レバーを押す運動ニューロン」が自動で活動し、「レバーを押したくてたまらないという渇望」のような状態になると考えられています。このように手がかり→行動→報酬のサイクルが繰り返され強化されていくことで、習慣が形成されます。

[パブロフ型学習]
繰り返しⒶⒷが起こることにより、もともと脳の中ではつながりのなかったⒶとⒸのニューロン同士のつながりが強くなり、音を聞くだけで反応(よだれ)が出る。
[オペラント学習]
レバーという手がかり体験の後に押すという行動を起こす。結果、餌という報酬を得ると、ニューロン同士のつながりが強くなる。やがてレバーを高頻度で押すようになり、またレバーを見ることが報酬と感じられる。

では、脳の中で習慣化が促進されるカギは、“報酬”ということでしょうか。

茨木 そうですね。報酬とは、その行動を取ることで何らかの価値が享受でき、繰り返しその行動を起こすべきという情報です。動物ならば食料や水が最も大きな報酬となりますが、人間の場合はもっと複雑です。

例えば、生命を維持するための食料や水は1次報酬。2次報酬は1次報酬への結び付きが直接的なもので、貨幣がその代表。1次報酬への結び付きが直接的でない音楽や絵画を3次報酬とし、SNSの投稿に対する「いいね!」のような他者からの承認や肯定的な評価を4次報酬とする。というような考えがあります(※1)。もちろんそれ以外にも私たちの行動を動機付けするさまざまな「報酬」のようなものはあると思いますが、つまり、文化や科学技術の発展とともに、人類は新たな「報酬」を手にする可能性も十分にあるということです。

ヒットする商品には、購買や使用という行動に見合う何らかの報酬が備わっているのでしょうか。

茨木 報酬、つまり価値のない商品はヒットしないでしょうから、そうだと思います。ただ、「習慣化」しやすいちょっとした特性を備えた商品はより大きな成功の一助になるかもしれません。よく例に出されるのが、布製品用の消臭スプレーです。この商品は、無香料で発売された当初あまり売れなかったのですが、香りを付けたらヒットしたといわれています。掃除や洗濯、ベッドメイクなどの家事のルーティンの中に、消臭剤にもかかわらず香りという感覚体験を付加することで、明示的な報酬価値を消費者に与え、そのルーティンに組み入れられたのではないかということです。

他にも、歯磨き剤に清涼剤を含ませ、実際に歯の洗浄力とは関係のないヒリヒリした感覚(何となく効いているような明確な刺激)を付加することで、売り上げが増え、その製品がスタンダードになったという話もあります。そういえば「クセになる」ものには独特の刺激があるものが多いですね。このように習慣形成には、行動に至る手がかりと製品の使用行動によって、効果が何らかの形で強く実感できるような具体的な報酬の設定がヒットの鍵と言えそうです。

■行動の習慣化プロセス(消臭スプレーの例)

消臭スプレーの開発側は、掃除というルーティンの中に「掃除を終えたという満足感」が含まれ、それが報酬となって掃除の習慣を強化しているのではないかと推察した。単なる「消臭」では報酬と感じにくいのではないかと考え、「香り」という感覚体験を付加することで、掃除の習慣行動の中にこの製品を取り込むことに成功した。

<注釈>
※1 渡邊, 2018, Harvard Business Review

取材・文 高橋盛男
撮影 片山貴博

<後編に続く>


※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.39掲載のインタビューを一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2018年12月)のものです。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 安川 由紀
    安川 由紀 駅消費研究センター 研究員

    2007年jeki入社。コミュニケーション・プランニング局で鉄道や商業施設関連のプランニングに従事した後、2014年より現職。現在は、駅利用者を中心とした生活者のインサイトや消費行動の研究に取り組んでいる。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター 研究員

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事した後、2015年より現職。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。