オムニチャネル化時代のリアル店舗に求められること。
−−奥谷孝司さんに聞く、これからのリアル店舗の価値とは(後編)

PICKUP駅消費研究センター VOL.12

急速に進むオムニチャネル化の波の中、リアル店舗にはどのような役割が求められるのでしょうか。良品計画にてスマホアプリ「MUJI passport」をプロデュースし、現在はオイシックス・ラ・大地のCOCO(チーフ・オムニチャネル・オフィサー)を務めるオムニチャネル戦略の第一人者、奥谷孝司さんに、これからのリアル店舗の在り方についてお話を伺いました。今回は、その後編です。<前編はコチラ
守口剛さん
撮影 片山貴博

オイシックス・ラ・大地株式会社 COCO
奥谷 孝司さん
1997年、良品計画入社。店舗経験、海外勤務を経て、海外のプロダクトデザイナーとのコラボレーションを手掛ける「World MUJI企画」を運営。2003年、良品計画初の企画デザイン室の立ち上げに参加した。05年に「足なり直角靴下」を開発、13年には「MUJI passport」のプロデュースを行った。15年よりオイシックス(現オイシックス・ラ・大地)に入社し、現職。日本マーケティング学会理事も務める。

リアル店舗にも、デジタルによるCRMが必須

オムニチャネル化が進むと、接客はどんどん高度化していくのですね。

奥谷 その通りです。だからこそ、リアル店舗がこれからやらなくてはいけないのは、店員にデジタルの武器を与えていくことです。アメリカの「ボノボス(BONOBOS)」はECがメインのメンズアパレルブランドですが、今、全米にオフライン店舗の展開を進めています。
 顧客はオンラインで商品ラインアップを見て、店舗でフィッティングすることができます。
また、会員であれば、過去の購買商品がわかりますので、その情報を確認しながら店舗で接客を受けることも可能です。店員にとっては、オンラインでの閲覧履歴や購入履歴を見ることによって一人一人に最適な接客が可能になる。デジタルを活用して、接客を受けたい、自分好みの服を見つけたい、あるいは買ったけれど使い方が分からないのでコンサルティングしてほしいなどということまで、より細やかに把握できれば、顧客にとって本当に価値のある接客が可能になります。

デジタルでの顧客データを手に入れるために、リアル店舗もECに進出するべきなのでしょうか。

奥谷 優れた場を持っているショッピングモールなどが、必ずしもECサイトをやる必要はありません。顧客とのつながりを維持できる場所があれば、それでいいのです。ただ、全てを店員任せにしてしまうのは酷だと思います。確信なく顧客と会話をしなさいといっても難しい。駅ビルなどでも、例えばハウスカードのようなもので既にデータを持っているはずです。また、素晴らしい接客で売上を伸ばしてきたレジェンドのような店員さんもいるでしょう。もし独自に顧客台帳を作っていたのならば、ぜひそれをデジタル化してほしい。それらの買い物履歴や接客レコードをデジタルで一元管理して、共有できるようにするのです。
 何も全ての顧客と会話をしなくてもいい。店内にそういう接客の光景があって、満足そうなお客さまの笑顔が見えれば、ただなんとなく駅ビルに立ち寄っただけのお客さまも、よい店だと認知して買い物をするかもしれない。場合によっては店員に話し掛けてくるかもしれない。ECをやらなくてもいいので、個のお客さまをより理解するためのCRMをデジタルでやってください。そして、それを店頭の接客できちんと活用してください。これからは、必然的に外国人のスタッフも増えていくでしょう。彼らにとっても、デジタルのサポートは確実に大きな助けになるはずです。

奥谷さん

店頭決済をなくせば、新たな購買体験を提供できる

オイシックスでは、リアル店舗として移動販売を活用した販売実験を行っていらっしゃいますが、それは何か理由がありますか。

奥谷 リアルの店舗フォーマットは、もっと軽くできないのだろうかとずっと思っています。ある程度良質な人の流動が担保できるのはいいのですが、ネットでビジネスをやっている企業にとってはお金が掛かり過ぎると感じてしまいます。メガネ通販サイト「オーマイグラス(Oh My Glasses)」はリアル店舗の展開に当たって、ポップアップストアを積極的に採用しています。そうしなければ、採算が取れないからだといいます。それでもリアル店舗には確かにニーズがある。
 オンライン企業がオフラインに進出する場合、常設店舗である必要もないのです。オイシックスでは、カスタマーニーズを考えてより生活動線に近づこうと移動販売や、ポップアップストアを活用した販売実験を行っています。例えば、帰宅動線であるベッドタウンの駅前で、20分で主菜と副菜が作れる「Kit Oisix」を売る。これから家に帰って食事の用意をしなければならないというときに、この移動販売やポップアップストアがあるわけです。でも、オイシックスのよさを知ってもらうために5年も10年もそこにいる必要があるかというと、そんなことは全くない。ある程度知ってもらえたと思ったら、後はオンラインで買ってもらえばいいのです。だから、移動販売やポップアップストアに魅力を感じる。
 郊外のショッピングモールが撤退したら、そこを駐車場にして、週末だけ移動販売のトラックを200台くらい集めて自由に買い物をしてもらった方が生活者は利用しやすいのではないか、などと考えを巡らせることもあります。それも、ショッピングモールの一つの形かもしれないのです。いずれにしても、店舗フォーマットはもっと軽くなるべきだと思います。

左/レシピと使い切りの食材を1パックで提供するミールキット「Kit Oisix」は完成まで約20分。献立にも悩まず野菜も豊富で、働く女性の人気を集めている
右/2018年3月下旬から1週間、森トラスト、キッチンカー事業を展開するmellowと連携し、品川でキッチンカーによるKit Oisixの実験販売を行った

最後に、今後のリアル店舗あるいは駅商業施設はどうあるべきか、何かアドバイスがあれば、ぜひお願いします。

奥谷 駅に限ったことではありませんが、商業施設などで何か買おうとすると、レジでの支払いに時間が掛かります。また百貨店などは売り場にレジがなく、会計時にスタッフが奥へ消えていきますよね。あの時間が無駄だなと思っています。
 先ほど例に出したボノボスは、店舗にはサンプルしかありません。購入した商品はその場で持ち帰ることができず、数日後にボノボスの倉庫から直接自宅に届きます。決済は、あらかじめ顧客がオンラインのサイトで入力したクレジットカード情報などで行います。店員が包装することもなければ、レジを打つこともありません。だったら、店員は要らないのではないかと思うかもしれませんが、むしろ逆です。余計なことをせずに顧客とのコミュニケーションだけに集中できるので、接客はより高度化するのです。
 ECが伸びている中で、なぜわざわざ現金を握り締めて店舗に行かなければならないんだろう、と疑問に思う時代になってきています。リアル店舗の価値をもう一度見直さないといけない。発見や非日常感があり、五感で楽しめる。そういうもともとある価値を伸ばすためにも、顧客との関係をしっかり築いていく必要があります。
 今の小売業は、結局お金の管理のために人が必要なのではないかと思ってしまいます。レジに現金があるせいで、警備会社とも契約しなければなりませんし。店頭決済をなくして、無駄な手間や時間を省いて、接客のスキルを磨いていくべきではないでしょうか。それによって、テーマパークのような体験に特化した店づくりだってできるかもしれません。例えば、書店のスタッフなんて本が大好きなはずなのに、大半のスタッフがレジに時間を取られていますよね。とてももったいない。本好きなスタッフが、いい本を熱く語ってどんどん紹介したらいい。そういうイベントをやるのもいいですよね。
 店頭決済がなくなれば、試着をしてレジなんか通らずにそのまま着て帰ることだってできるわけです。レジの手間と商品の持ち帰りの手間を省いたハンズフリーな状態にすることで、リアル店舗の買い物もネットの買い物の快楽性に近づきます。例えば、富裕層の人々は買った物を持ち帰らず、「後で送っておいて」と言って銀座の店をハシゴしている。ハンズフリーにすれば、それが富裕層に限らず誰でも可能になるのです。
 中国のアリババグループが今年開業した亲橙里(チンチェンリー)というショッピングモールなどは、既に全ての店舗をキャッシュレスにしました。おそらくAmazon GOを手本にしているのですが、まだ実験的な段階だと思います。それでもとりあえず始めてしまうところが、中国企業のすごいところです。失敗したら、やめればいいと思っている。そうした感覚の方が経験値を積めるわけです。
 欧米企業のように緻密に積み上げていくやり方は、膨大な費用がかかってしまい資金力がなければできない。ホリスティック(全体論的)な考え方で、大まかに把握したらまずやってみるべきです。日本の小売業、日本の社会全体が、チャレンジングな姿勢を持つことを重視していく時代なのではないでしょうか。

取材・文 初瀬川ひろみ

<完>

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.38掲載のインタビューを一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2018年10月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。