「湖池屋 プライドポテト」がきっかけ 老舗メーカーの意識改革 野間和香奈氏(湖池屋)× 彦谷牧子(ジェイアール東日本企画)

jeki × 宣伝会議 共同取材シリーズ VOL.7

1953年創業のスナックメーカー湖池屋。その歴史を通じて常にこだわり続けてきたのがポテトチップスだ。2017年に発売した「湖池屋 プライドポテト」は、一時販売休止になるほど売れ行きを見せ、話題を集めた。コモディティ化が進む菓子業界で支持される商品を生み出し、魅力的な企業であり続けることができるのはなぜか。老舗メーカーである湖池屋の社内での取り組みとは。

左より谷口優、本間 充氏、高橋敦司、小霜 和也氏
写真左:湖池屋 マーケティング本部 マーケティング部 第1課 課長 野間和香奈氏
写真右:ジェイアール東日本企画 コミュニケーション・プランニング局 プランニング第一部 シニア・ストラテジック・プランナー 彦谷牧子

生まれ変わった企業の象徴として誕生した「湖池屋プライドポテト」

彦谷:発売以来、好調だった「湖池屋 プライドポテト」をリニューアルしました。それを機に「無添加」を強く訴求されていますね。

野間:2016年に佐藤(佐藤章氏)が社長に就任し、私たちは改めて会社の価値を見直し、もう一度生まれ変わろうということで企業ロゴも新しくしました。「湖池屋 プライドポテト」は、その象徴として誕生した商品です。
その根底には「最高に美味しいポテトチップスをつくろう」という思いがあり、ブランド設計もそこに基づいて組み立てられています。そうした流れで、昨年の12月に無添加タイプのうす塩味を発売したのですが、お客さまから「こういう商品を待っていた」という声をたくさんいただきました。子育て世帯の母親や、40〜50代の女性など、それまでポテトチップスから離れていたような層からの支持を感じました。
ポテトチップスという商品は「好きですか?」と聞くと、ほとんどの人が「好き」と答えてくださいます。一方で「実際に今、食べているか?」と聞くと、小さな子供がいる家庭や10代のときは食べているものの、大学生くらいになると少し離れてしまうことがわかります。その後、もう少し年齢を重ねるとお酒のおつまみとして食べられたり、子供と一緒に食べたりするのですが、中高年になるとおせんべいに移行するようなサイクルが存在しています。
実は、中高年というのはお菓子の消費量が多い世代で、この層が「これなら食べる」と言いはじめたのは私たちにとっては大きな出来事でした。2017年の12月に「湖池屋 プライドポテト」の無添加タイプの商品を出したところ、これまで獲得できていなかった40~50代の女性のお客さまの反応が良かった。ただ、これも最初から無添加を売りにしようと思っていたわけではなく、美味しさを追求した結果、行き着いたという感じです。
発売当初は20代くらいから拡散したと思っていますが、それより上の世代、特に女性には響いていました。ポテトチップスは性別や世代に関係なくみんなが食べていいものだと伝えていきたいので、リニューアルに際しては40代〜50代もしっかりとらえたいと考えました。

「湖池屋 プライドポテト」のパッケージの特性を生かした開封方法「舟盛り開け」「ランドセル開け」は消費者発信で生み出された
「湖池屋 プライドポテト」のパッケージの特性を生かした開封方法「舟盛り開け」「ランドセル開け」は消費者発信で生み出された

ブランドの価値を伝えながら 湖池屋の名前も認知してもらいたい

彦谷:今回の「無添加統一」のテレビCMはとてもインパクトがありました。湖池屋といえばこれまでも特徴的なテレビCMで知られています。広告制作、メディアプランニングで意識していることをお聞かせください。

野間:「湖池屋 プライドポテト」はブランド名に湖池屋のロゴを冠しているので、会社を背負うブランドのひとつです。発売時は「歌うま高校生」の鈴木瑛美子さんが「芋の歌」を歌うテレビCMを放映し、会社の名前と、新しい道を歩きはじめたことを15秒でいかに伝えるかに注力していました。
今回は、発売から2年近く経っても「おしゃれなポテチ」「立っているポテトチップス」といったように意外と商品名を呼んでもらえていないことがわかりました。そこでしっかり商品名を伝えながら、美味しさもわかってもらおうと考えました。

CMでは、俳優の音尾琢真さん(TEAM NACS)がバリバリと食べる様子で美味しさと、無添加なのでたくさん食べても大丈夫だよということを伝え、最後に商品名を出すことで私たちのメッセージをまとめました。

ポテトチップスは世代を問わずに食していただける商品なので、特定の世代にだけ響くようなクリエイティブではなく、広い世代に伝えることを意識しています。「湖池屋 プライドポテト」は老舗としてのこだわりを込めた商品ですが、限られた接触時間しかない広告で「老舗」を強調しても消費者に「それがなんなのか」と思われてしまう懸念がありました。そこで特にテレビCMではポテトチップスの会社で、何か新しいことをやってくれそう、と感じてもらえるようにしています。

会社としてはいろいろなブランドを持っています。特に30代以上の人にはかつての商品名を連呼する、湖池屋のテレビCMを記憶していただいている方も多く、各ブランドや商品名は知られています。ですが、その認知度は会社名にはつながっていませんでしたし、若い人はそもそも会社も商品も知らない。商品個々の広告であっても、最終的にはどんな会社がその商品をつくっているのかというところにつなげなければならない。最近は特に、消費者も商品やブランドの出どころを気にしていると感じています。「湖池屋 プライドポテト」では、商品の価値を感じてもらいながら、その価値を「湖池屋」にも蓄積していくことを意識しています。
私たちがもともと持っていた「ユニークで独創的なことをしよう」というマインドに、新しい湖池屋になり品質面や安心して食べられるものですといったことも伝えようとする意識が加わったと感じています。

またブランドを問わず、新商品が出るタイミングで情報発信をしています。お菓子はシリアスなときに食べるより、明るい気持ちのとき、リラックスしたいときに食べるシーンが多いです。なので、ソーシャルメディアは遊び心を持って、ダジャレを使うなど気軽さを重視しています。イメージとしては、商品は真面目、テレビCMは強め、ソーシャルメディアは親しみやすくという感じです。

無添加統一
CMキャプチャ

新社長の就任で変化した社員の意識

彦谷:ポテトチップスは非常に強い競合が存在し、ライバルとなる商品も多い。やはり競合は意識しますか。

野間:「湖池屋 プライドポテト」は、会社としてこれまでと違うことに挑戦しようとしていたので「これが失敗したらどうなるのか」という不安がありました。結果的に、多くのお客さまの支持を得ることができ、以降は視点が変わったように感じています。売り場が同じである以上、競合を意識しないわけにはいきません。他社の動向はチェックしますが、それよりもお客さんが私たちの商品をどう思い、何を求めるのかを意識するようになっています。
ファンの存在を実感できたことで、競合よりもお客さまを喜ばせよう、期待に応えようという意識は、「湖池屋 プライドポテト」だけではなくほかのブランドにも、会社全体に生まれたように感じています。

彦谷:2016年に就任された佐藤社長は、マーケターとしても伝説的な存在として知られています。そういう方が就任されて、社内に変化は何かありましたか。

野間:佐藤の前職、飲料メーカーというのは本当に緻密なマーケティングをしているなと感じ、私たちのマーケティングに対する知識不足を感じました。ただ、知識は貯めたり、身につけたりすることはできます。一方で、知識に血を通わせるためには作り手の感情が加わらないと商品で表現することはできません。どちらかというとそうした気持ちの変化が大きいと感じています。

佐藤はお客さま、社内外、誰に対しても態度が変わらない。社長という役職ではありますが、人一倍前向きでパワフルに動き回っていて、熱い思いを持って働いていることが伝わってきます。誰がどんな役割であっても、会社としていい商品をお客さまへ届けることが目的だから、立場が違ってもひとつのチームなのだという考え方に気づかせてもらいました。

そうした気づきと、「コイケヤ プライドポテト」の立ち上げで良い結果が出たことが起点となって会社全体が前向きになり、チャレンジを促す機運が強まりました。

社内においては、本社だけでなく工場でも良いものを作ろうという気持ちがかんじられますし、部署の垣根を超えて改善のアイディアが届くようになりました。こうした社内の変化は、流通企業の方と一緒に売り場を作ろうという動きにもつながっています。

さらにB’zやTUBEといったアーティストの方々、東京読売巨人軍、ムンク展など業種業界を超えたコラボレーションのお声がけも増えてきています。ユネスコ世界遺産に登録された福岡県宗像市や、日本一高値で取引される今金男しゃくを作っている北海道の今金町と一緒に作った商品も、私たちのものづくりにかけるプライドに共感していただいた結果、生まれたものです。

「湖池屋 プライドポテト」は、自立するタイプのパッケージが採用されています。この形状自体は特に珍しいものではないのですが、ポテトチップスではあまりないものです。ここにも佐藤の飲料メーカーで培った経験と知識が反映されています。商品などの「物」は、寝た状態のままだとそれを見た人は「物」としか思わない。ですが、立っていると、商品が「私はここにいます」と主張するのでそこに人格を感じ始めるそうです。会社のロゴを冠する商品を作るに当たって、他と違うものにしようと思っていたのでこれを採用しない手はないと、パッケージの形状については早い段階で決めていました。

実際、店頭で自立していることはアテンションになったと思っていますし、流通の方からも陳列の際に便利と好評でした。初期のパッケージは白だったので、商品を並べると白い壁のようになって、お店の方がその写真をソーシャルメディアに投稿したことも拡散のひとつのきっかけでした。ツイッターでは、これまでにないくらい反応もあって、社内では「カラムーチョ発売以来の反響だ」と話題になるほどでした。お客さまはもちろん、販売店の方も味方になってもらい、良い効果が重なったと感じています。

パッケージについては、この形状にしたことで独自の開け方も生まれました。「舟盛り開け」「ランドセル開け」といったもので、お客さま発信でソーシャルメディアに投稿されているものです。どちらもパッケージの形状の特徴をうまく利用したものになっています。

彦谷:会社が新たなスタートを切り、その象徴となる「湖池屋 プライドポテト」も好調ですが、今、課題を感じていることは何でしょうか。

野間:課題はまだまだたくさんあります。今、考えているのは食シーンの開拓です。日本ではポテトチップスを「スナック菓子」と呼んで、どちらかというとお菓子寄りのイメージで見ています。ですが「スナック」はオランダ語の「スナッケン」を起源にしていて、その意味は「軽食」「おつまみ」といったところです。そこで、本来的な「スナック」として、「お菓子」の枠を超えてより幅広いシーンでポテトチップスを食べてもらうためにはどうすれば良いのか考えています。

コミュニケーションの面では、限られた予算の中でいかに多くの人に情報を伝えていくかを意識しています。テレビCMだけで良いのか、ソーシャルメディアでいかに拡散させるのかというメディアの使い分けだけではなく、メッセージの中身も、どうすれば私たちの物作りやそこに込めた思いを伝えられるのか考えています。

【対談を終えて】
風通しがよく、よいものを生み出すために会社全体が一丸となって取り組まれている様子が、ひしひしと伝わってきました。ひとつの商品のヒットがきっかけになって、もともとあった企業風土が覚醒し、「想い」や「熱」が組織や会社という枠を超えて伝播していき、最終的には生活者にも伝わっていく、好循環が生まれていると感じました。「楽しんでつくるから、楽しい商品が生まれる」という言葉が印象に残っています。
次は、どんな商品でわくわくさせてくれるのか、スナック菓子好きとしても、楽しみです。

彦谷 牧子

上記ライター彦谷 牧子
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  • 彦谷 牧子
    彦谷 牧子 Move Design Lab データアナリスト/ シニア ストラテジック プランナー

    リサーチ・コンサルティング会社を経て、2009年jeki入社。JR東日本保有データの分析・活用業務に従事した後、2014年よりコミュニケーション・プランニング局に所属。化粧品、トイレタリー、通信機器等幅広いクライアントのコミュニケーション戦略をはじめとしたプランニングを担当。