コロナ禍でターゲットインサイトをとらえた広告が話題!SmartHRのマーケティングに迫る

jeki × 宣伝会議 共同取材シリーズ VOL.18

(写真左から)SmartHR マーケティンググループ ブランドマーケティングユニット チーフ荒木彰氏
ジェイアール東日本企画 営業本部 第四営業局 第一部 部長代理 三津谷悠 同 部長 丹羽俊介

企業と官公庁などの公的機関の間で行われる社会保険・労働保険分野の手続きは年間1億5000万回(※)にも及ぶ。これまで紙を介して行われてきたこれらの手続きを、国を含むさまざまな外部システムと連携しクラウドで完結するサービスを提供するのがSmartHRだ。2015年11月のサービスローンチ後、導入企業の高い評価を獲得し、登録企業数は30,000社を突破した。2020年は新型コロナウイルス感染症の拡大による事務手続きのクラウド化ニーズの高まりもあり、テレビCMを含めた広告展開だけではなく、「ハンコを押すために出社した」という交通広告は大きな話題を呼んだ。企画制作を担当したSmartHRの荒木彰氏に、ジェイアール東日本企画の丹羽俊介と三津谷悠が話を聞いた。
※出典元:内閣官房IT総合戦略室総務省『行政手続等の棚卸結果等の概要』

マーケティンググループ内に7つの「目的別ユニット」が存在

丹羽:荒木さんはサービスローンチ直後の2016年に一人目のマーケティング担当として入社されたと聞いています。それまでもBtoBのマーケティングをされていたのですか。

荒木:マーケティング領域ではあったのですが、担当していたのはメディアのマーケティングです。ウェブメディアを専門とする会社で自社やクライアントのメディア運用を行い、PVや収益を向上させることが主な業務でした。SmartHRでもオウンドメディアの立ち上げは行っていますが、主に広告運用やイベントマーケティングに関わってきました。そして現在は、2020年1月に新設されたブランドマーケティングというユニットにてマス広告やイベントを通じてSmartHRのブランドを広げる業務を主にしています。

三津谷:マーケティング部門の体制はどのようになっていますか。

荒木:マーケティンググループ内には目的別に分けられた7つのユニットがあります。私のいるブランドマーケティングの他、最も人数の多いリード獲得・育成を行うユニットや、広報PR、データ活用、コンテンツ制作・コミュニティ形成を行うユニットに分かれています。

SmartHR マーケティンググループ 荒木彰氏

指名検索数が1年で2倍に
BtoBでもテレビCMと交通広告は存在感を発揮できる

丹羽:2020年12月に開催した大規模オンラインイベント「WORK and FES」や木梨憲武さんと伊藤淳史さんを起用したテレビCM、そして交通広告も荒木さんユニットのご担当ということですね。BtoBのサービスを提供するSmartHRさんがマス広告を活用する狙いは何でしょうか。また、実施してみた手応えはどうでしたか。

荒木:マス広告に関しては2017年から展開していたのですが、「紙やハンコが要らなくなりますよ」といった、主に機能の訴求を目的としたものでした。当初はある程度の成果をあげていたのですが、2019年頃から思うような成果が出なくなってきていました。マス広告の方向性をどうすべきか考えるために様々なデータや調査結果を見て仮説を立てていきました。その中で、2019年あたりから競合が増え、商談やその前段階で比較検討されるケースが多くなっている点に着目しました。競合サービスにも似ている機能がついており、パッと見だけでは機能による差別化が難しい市場環境になっていたんです。そこで機能価値の訴求から情緒的価値の訴求へ転換し、ブランドの差別化を目指して制作したのが木梨さんと伊藤さんを起用したテレビCMです。

クリエイティブで表現したのは、仕事の効率化によって日々の煩雑な業務から解放される心地よさです。実務的には機能性の高さや使い勝手の良さなど、SmartHRならではの良さやメリットはあるのですが、使ってみて初めて感じる差、つまりは情緒的な価値はなかなか導入前にはわからない。ですから、同じように見える業務効率化ツールの中で最も気持ちよく使えることや、担当者だけでなく他の従業員も含めた、会社全体で気持ちよく働くことができるんだというイメージの獲得を目指しました。

2020年8月に放送開始したところ、2020年の指名検索数は前年比で2倍近く上がり、2020年の最低値が前年の最高値と同様というレベルまでベースアップしました。また、認知率も30%近く上昇しました。これはテレビCMだけでなく、放映前の4月に実施した交通広告による押し上げも大きく寄与しています。

テレビCM「無駄からの解放」篇

丹羽:その交通広告に関してはいかがですか。「ハンコを押すために出社した。」「書類提出のために出社した。」というコピーは私自身、自分ごととして見ましたし、人の心を動かす広告だったと思います。

荒木:実はもともと緊急事態宣言発令やリモートワークが話題になる2020年2月には別のクリエイティブで校了していたのです。ところがコロナの感染拡大が想像以上に広がりそうだと感じ、入稿の約1週間前に方向性を変えて、ゼロから新しいクリエイティブを制作した広告だったんです。

三津谷:交通広告は外出自粛やリモートワークの浸透で鉄道利用の機会が減少したことにより、その効果性について広告主各社ごとに様々な見解をもっていると聞いています。そのようななか、継続的に展開されている御社ではどのような見解をお持ちでしょうか。

荒木:4月の交通広告が話題になるまでは、接触する人の数や乗降者数の規模に価値があると思っていました。ただ、そこには確実にターゲットとなる人々がいますし、うまく使うことで、相当二次拡散され広がる。広告接触の幅広さだけ考えると薄っぺらい広告になりがちですが、今では交通広告であってもターゲットに向けて、いかに刺さる広告をつくるのかを意識すべきだと考えるようになりました。

丹羽:一般的な展開では、テレビなどを意識したメインクリエイティブがあり、そのリライトや、派生的なクリエイティブを交通広告で使うことが多くなっています。今回のように、消費者インサイトをタイムリーなタイミングで表現していく手法はなかなかなかった。交通広告のクリエイティブに新たな可能性を感じます。

荒木:初の緊急事態宣言となった4月のタイミングで電車に乗っている人は、ある程度セグメントが限定されると考えていましたし、コロナ禍ということに限らず、「電車に乗っている人」というのはある種のセグメントだと思います。単純に幅広い人に当てていくための媒体という従来の使い方だけではないと考えます。

緊急事態宣言下に掲出されたOOH「ハンコを押すために出社した。」。JRや東京メトロで掲出された。

丹羽:オンラインイベント「WORK and FES」はいかがでしたか。

荒木:イベントには1000人規模の方に来場いただきましたし、これまで実施したイベントの中でも圧倒的な満足度の高さでした。そして、これらのイベントに来場したことにより今後どのようにビジネスにプラスになるのか、ブランド構築に貢献するのか。2021年のイベントでどうしていくのかを考える足がかりとなりました。

三津谷:来場者はどのような属性の人が多かったですか。ゲストもユニークでしたが、来場者層との関係は。

荒木:人事労務担当者が3割ほどで、それ以外は様々な職種の方に来場いただきました。これまでのイベントなら来ていないであろう職種の方や僅かですが学生や主婦にも来場していただきました。イベントの目的である「Employee First.」のビジョンを幅広く知ってもらうことを目指していたので狙い通りでした。

ゲストも岡田武史さん(元サッカー日本代表監督)やお笑い芸人のジャルジャルさんなど、一見、SmartHRの事業とは無関係な印象もあったと思います。ミュージシャンやお笑い芸人など、通常では働き方にフォーカスされない人を呼んで、働き方に関する話を聞くと面白いのではないかという考えです。ジャルジャルさんは在宅期間にオンラインコントやZoomを使ったコントをつくっていて、そうした情報をいかにキャッチアップしているのかという点をフォーカスすれば働き方という文脈にも繋げられると思い、登壇してもらいました。

これからはブランドイメージの醸成がより重要になってくる

丹羽:御社の事業はBtoB、そしてその先のEmployee(従業員)に向けたBtoBtoE。その視点では広告効果の評価は難しいのではないですか。

荒木:テレビCMについては、まずはブランドを認知してもらうことを目的にしているため、すぐに売上に反映する効果ではありません。とはいえ、指名検索数やコンバージョン数はもちろん、CM放送前後での認知率やブランドイメージ調査、さらに15秒間でどの部分が見られているのか、CMを見た人がサイトに訪問しているかなどをチェックしていますので、分かりやすい短期だけでなく中長期な指標での良し悪しもある程度評価できています。

三津谷:KPIはどのように設定されていますか。

荒木:メインで追っている中長期のKPIとして主に認知率と純粋想起を見ています。あとはブランド訴求に変えたばかりなので、SmartHRやテレビCMが情緒的な面でどういう印象を持たれているのかを見ています。すでに一部の指標は上昇し始めているので、継続することで印象を大きく変えていくことができるのではないかと思っています。

また実際の商談や調査結果から、「担当者の自分だけが楽になるツールにお金をかけにくい」という課題があることがわかりました。SmartHRは誰にとっても使いやすいので担当者だけではなく、会社全体にメリットがあるイメージを、担当者はもちろん、社内の上席の人や意思決定に関わる役職の方が持っていると、導入はスムーズになるという仮説を持っているため、この点も重視しています。

丹羽:今後、コミュニケーションの方向性はどのようにお考えですか。

荒木:コミュニケーションに関してはまずはリード獲得とブランド構築を両軸に考えています。数年すると、特に首都圏では一度はリード獲得したことがある、商談実績がある会社が相当数になると予想されるので、そこからはナーチャリングやブランドイメージの醸成がより重要になっていくのではないかと予想しています。

三津谷:最後に、SmartHRさんのようなSaaS系の企業でBtoBマーケティングに注力する企業は増えていると思います。マーケティング上で気をつけていることやポイントになることは何でしょうか。

荒木:お客さまや業界について解像度を高く知ることと、市場環境を常にキャッチアップすることだと思っています。自社の置かれている市場環境や日に日に変わるお客さまのインサイトを知らないと、非効率な施策を打つことにも繋がる。一方で、インサイトを押さえていれば効率的なチャネルを見極め、効率的にリーチや獲得ができます。「多分こうだろう」という想像ではなく、現場の声や実態を知ることを心がけています。直接のヒアリングやWebでの市場調査など様々な方法を通して、日々解像度を高めていくことが何よりも大切だと考えています。

【対談を終えて】

労務管理クラウド 3年連続シェアNo.1(※)の「SmartHR」。
そのマーケティングの秘訣を垣間見ることができました。特に驚いたのはそのスピード感。コロナ禍に企業のリモートシフトが始まるとみるや「ハンコを押すために出社した。」へのCR差し替えを行ったり、「Zoom」によるCM撮影など、企画から公開までの期間は業界の常識では考えられない短納期です。
「早いほうがカッコイイ」というSmartHRの価値観が反映されており、既成概念にとらわれない企業姿勢を感じました。コロナウイルス感染症拡大の中でも、その成長速度はますます加速していきそうです!(三津谷)
※デロイト トーマツ ミック経済研究所「HRTechクラウド市場の実態と展望 2020年度」

jeki × 宣伝会議 共同取材シリーズ

昨今の市場環境やコミュニケーション環境の変化のなか、成長を遂げる・ヒットを生むその底流には何があるのか。その一端を探るべく、jekiは宣伝会議マーケティング研究室と一緒に、ヒットコンテンツ・躍進企業のキーマンの意識に流れる「顧客視点・顧客志向」を紐解いていきます。

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  • 中里 栄悠
    中里 栄悠 Move Design Lab プロジェクトリーダー/シニア ストラテジック プランナー/TRAIN TV ブランドマネージャー

    2004年jeki入社。営業局、駅消費研究センター、アカウントプロデュース局を経て、2014年よりコミュニケーション・プランニング局に所属。シニア・ストラテジック・プランナーとして、メーカー、サービス、小売など幅広い企業のコミュニケーション戦略立案に携わる。

  • 彦谷 牧子
    彦谷 牧子 Move Design Lab データアナリスト/ シニア ストラテジック プランナー

    リサーチ・コンサルティング会社を経て、2009年jeki入社。JR東日本保有データの分析・活用業務に従事した後、2014年よりコミュニケーション・プランニング局に所属。化粧品、トイレタリー、通信機器等幅広いクライアントのコミュニケーション戦略をはじめとしたプランニングを担当。