送迎バスを走らせる「スーパーモールラッキー」
総合スーパーが担う地域のハブとしての役割とは<前編>

PICK UP 駅消費研究センター VOL.65

約1万500㎡の広大な売り場にあらゆる商品が並ぶ、秋田県横手市のスーパーモールラッキー。運営する株式会社マルシメの代表取締役、遠藤さんは、送迎バスを運行したり、困りごとの相談に乗ったりと、人口減少が進む地域の変化とともに、お店の在り方も変えてきました。「地域の困りごとは地域のニーズ」という遠藤さんのユニークな取り組みについて、お話を伺ってきました。今回はその前編です。

遠藤宗一郎さん
株式会社マルシメ 代表取締役
1981年秋田県横手市生まれ。大学入学のため上京し、大手小売業で地方勤務を経験したのち、25歳の時に家業を継ぐためUターン移住。創業1950年の株式会社マルシメの代表取締役となり、当時赤字だった経営を立て直した。横手青年会議所の第38代理事長。趣味はアウトドア。

交通手段のない利用者のため無料の送迎バスを運行

スーパーモールラッキーは、生鮮食品や総菜を中心に、日用品、衣類、家電、カー用品、DIY用品やアウトドアグッズまで、暮らしに必要なものは何でもそろっていますね。ずっとこのような総合スーパーとして営業してきたのですか。

遠藤:元々は衣料品が多く、今以上に多種多様な商品を扱っていました。しかし競合にさらされ、うちの強みは何かと考えた結果、僕の代から食品に力を入れるようになり、今の形になりました。

約1万500㎡の広大な売り場には旅行代理店やクリーニング店などのテナントも複数入居し、一角には車両点検のできるカーピットもある(写真提供:株式会社マルシメ)

お父様から会社を継いだそうですね。

遠藤:スーパーモールラッキーの運営会社である株式会社マルシメを継いだのは、2006年です。それまでは東京の大手小売チェーンの本部で働いていたのですが、父が倒れて急きょ継ぐことになりました。それがちょうど競合他社が出店したころで、最初の数年は系列の店を閉めたり人員整理を行ったりなど、業績を立て直すためのスクラップをしていました。けれど、そんなことばかりしていては、地域のためにならない。地域にも会社にもプラスになることは何だろう、と考えるようになりました。それで、2011年にまず始めたのが「お買い物バス」でした。

お買い物バスは、どんな取り組みですか。

遠藤:マルシメが自前で走らせている送迎バスで、会員カードを提示すれば無料で乗車できます。平日に、横手市や近隣の東成瀬村、湯沢市などで、14路線を曜日によって振り分けて運行しています。

なぜバスだったのでしょう。何かきっかけがあったのですか。

遠藤:1台の車に相乗りして来店する、高齢のお客様の姿を見たことがきっかけでした。交通手段の確保に苦慮している人がいるんだなと思いました。困っているなら解決したい、地域の役に立ちたいという思いが大きかったです。そもそも、会社を継ぐため久しぶりに横手に帰ってきた時、町が活力を失っていてショックだった。活気を取り戻し、希望を持てる地域に変えたいと強く思ったことがベースにあります。

各地で路線バスの廃止が相次ぐ状況の中、自前でバスを走らせるのは、相当な決断だったのではないですか。

遠藤:マルシメが以前運営していた宴会場を併設する商業施設では、送迎バスを使用していました。そのリソースを活用できたことが、始められた大きな要因です。当初は県の補助金を受けながら、エリアを限定して半年間の試験運行を行いました。その後、利用者の強い要望を受けて、路線を広げる形で本格的に運行するようになりました。こんなことができるのは、うちのように地元に根を下ろしてやってきた企業だけだろうという、社会的な使命感が何より強かったです。

今では買い物の足としてだけでなく、バスがひとつのコミュニティーとしても機能しています。バスの車内でおしゃべりして、買い物をして店内のフードコートでまたしゃべって。一人暮らしの方もいますし、それがみなさんの楽しみになっています。当社の新入社員は、研修で必ずお買い物バスに乗ります。そうすると、この取り組みを止めてはいけないと、みんな改めて実感してくれます。

お買い物バスの平均乗車率は約5割。バスの利用者の客単価は自分で来店する客の平均単価の倍ほどになるという。

コミュニテイーの中心として地域のハブの役割を担う

スーパーモールラッキーでは、お買い物バスだけでなく「お困りごと相談」もやっていますね。どのような取り組みですか。

遠藤:お買い物バスを利用する高齢者のお客様は、実は身の回りのさまざまなことに困っていらっしゃいます。それをうちが窓口になることで解決したいと考え、2016年にお客様サポート事業を立ち上げました。お困りごと相談では、草刈りや雪おろし、障子の張り替え、家の補修など、相談を受ければ基本的にどんなことでもお応えしています。

社内で対応できないことは、地域の企業とつくる「マルシメネットワーク」の加盟店を紹介します。そうすると、お客様の困りごとを解消するだけでなく、地元企業を支えることにもなります。このあたりは雪が多いので、工務店などは冬場になると仕事が減ってしまうのですが、雪おろしを請け負えば仕事の少ない冬場の収益を補うことができます。お客様には困ったらうちに来てもらい、さらにそれを地元企業につなぐ地域のハブとしての役割を担いたいと思っています。

お困りごと相談も社会貢献の一環ですか。それともビジネスとして行っているのでしょうか。

遠藤:売上としては多くないですが、ビジネスです。マルシメネットワークの加盟店に仕事を紹介する際は、紹介料を頂いています。横手市も年々人口が減っています。そのような状況では、店に置いてあるものを買ってもらうだけでなく、小売以外の収益にも目を向ける必要があります。できれば、生活に必要なことは全てうちでやってもらいたい。人口が減るなら、消費者のお財布の中のシェアを拡大していかなければなりません。サービスも含めて、あらゆるニーズに応えていきたいと考えています。

お客様サポート事業担当の遠藤 健さんは、電話などで相談が持ち込まれると現場へ行くようにしている。紹介先の企業の担当者と一緒になって草を刈ることもあったという。

食品に力を入れているというお話がありましたが、「ファーマーズマーケット」も新たな取り組みですか。

遠藤:ファーマーズマーケットは、地元の契約農家に野菜や加工品の直売所として売り場を提供しているものです。仲卸を入れず、価格設定も陳列も生産者自身が行う、いわゆる産地直売です。以前から、小さな産地直売コーナーはあったのですが、そのときの生産者グループは解散して個人との契約に切り替えました。生産者グループが作る組合には、参加にあたっての細かい審査があったため、新規の生産者はなかなか入れなかったのです。

そこで、新たにファーマーズマーケットを始める際には、組合は作らずどんどん生産者を増やしていった。契約している生産者は、今や500名ほどになりました。県内にある系列の2店舗とも物流を結び、販路拡大のサポートも行っています。

産地直売は、たくさんの生産者がいろんなものを出品してくれた方が、消費者の選択肢が増えます。それに朝収穫して納品してもらう農産物は、他のどの商品よりも鮮度がいい。生産者の応援になるだけでなく、消費者にもメリットがあります。しかも地域経済が循環しますから、すごくいいビジネスです。結局、作り手も商品のファンとなる買い手も、地元の人たちなのです。

木箱に商品が並ぶファーマーズマーケットの一角。農産物以外にも、生産者が作る郷土料理のお総菜や、お土産に適した地域の特産品、銘菓などが豊富にそろう。

お困りごと相談もそうでしたが、地域の循環を作っていくことは、意識されているのですか。

遠藤:はい。取引先の加工業者やテナントの酒店に紹介してもらった醸造所などと、生産者をマッチングするお手伝いもしています。それによって、横手の特産であるリンゴやブドウを使ったシードルやワインなど、新商品も作りました。

ファーマーズマーケットに出品する生産者には、店内のカフェでコーヒーを1杯提供しています。商品の陳列を終えてひと息入れながら、「リンゴが余っているんだけど」「だったら、シードルにしてみる?」と、生産者と当社のスタッフとの雑談が商談につながることもあります。

「ここに来れば、困りごとも聞いてくれるし、売り場も提供してくれる。何かあったら、ラッキーに行こう」と思っていただけるようになりたい。地域のコミュニティーの中心として、結節点のような役割を担っていきたいですね。

聞き手 松本阿礼/聞き手・文 初瀬川ひろみ
写真 徳山喜行

〈後編に続く〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.55掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年3月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。