シリーズ地域創生ビジネスを「ひらこう。」㉜
温泉だけじゃない!知られざる文化都市 熱海の魅力

地域創生NOW VOL.42

写真左から
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 部長 鈴木 純
熱海市役所 教育委員会事務局 生涯学習課 課長 富岡 久和 氏
NPO法人あたみオアシス21 代表 中島 美江 氏
jekiソーシャルビジネス・地域創生本部 島嵜 伸孔

熱海市は、徳川家康も愛した日本有数の温泉地として知られるが、街の魅力は温泉だけではない。明治期、熱海御用邸の建設をきっかけに財界人や文人墨客らの別荘地となり、多くの文化、芸術が生まれる街となった。その熱海の文化的な象徴とされているのが当初は別荘として、戦後は太宰治や志賀直哉をはじめとする文豪たちの創作意欲を掻き立てた旅館として知られる「起雲閣」。現在は熱海市が所有し、熱海文化の華やかさ、豊かさを今に伝えている。2023年4月、起雲閣を中心に「澤田政廣記念美術館」「池田満寿夫・佐藤陽子 創作の家」「池田満寿夫記念館」「伊豆山郷土資料館」「凌寒荘」と、熱海市が所有する6つの文化施設が包括的に運営されることになった。

今回、その指定管理業務を担うジェイアール東日本企画(jeki)ソーシャルビジネス・地域創生本部の鈴木純と島嵜伸孔が、10年以上にわたって起雲閣の運営を行い、今後もjekiと共同で6つの施設運営を行うNPO法人あたみオアシス21代表の中島美江氏と熱海市教育委員会事務局生涯学習課長の富岡久和氏を迎えて、文化都市としての熱海の魅力を語った。

「起雲閣」のホスピタリティは最大の強み

鈴木:これまで中島さんたちが起雲閣を、その他の5施設は市が直接管理されてきましたが、この4月からあたみオアシス21さんとjekiが指定管理者として6施設を包括して管理・運営することになりました。6つの文化施設に対しこのような包括的な指定管理者制度を導入するにはどんな理由があったのでしょうか。

富岡:いくつか理由があるのですが、文化施設の維持管理には施設の修繕費など多くの経費がかかります。一方収入面では、入館料収入などが低調に推移していたという課題があり、収支の改善が必要でした。しかし行政が文化施設の運営を行うと、柔軟な動きができないことで集客力が弱く、収支の改善が思うようにいかない状態が続いていました。ただ、熱海市には指定管理者制度での成功例である起雲閣がありましたから、起雲閣と他の文化施設を包括的な指定管理にすることで、起雲閣のノウハウを他の5つの施設に波及させて、各施設の価値を上げていきたいと思ったのです。また施設で働かれている方の高齢化が進んでおり、次の世代に任せていくためにはこのタイミングだったのです。

鈴木:柔軟な動きが行政だとできないというのは、具体的にはどんなところですか。

富岡:熱海市は観光都市ですから、文化施設は観光施設でもあります。旅行業者や交通事業者と価格交渉を行うことも頻繁で、交渉を上手くまとめられれば利益も増やせますが、市が交渉を行うと、入館料等は条例で定められているので柔軟な対応ができないのです。さらに、こちらからセールスを行うことも難しく、手数料の負担の問題などからキャッシュレス対応も後手にまわっていました。こうしたもどかしさを今後はjekiさんに解決していただこうということです。

鈴木:大きな期待ですね(笑)。さて、いま起雲閣が成功例とのことでしたが、中島さんも当初はずいぶんご苦労されたと聞いています。

中島:そうですね。いろいろと大変でした(笑)。ただ、起雲閣が旅館を廃業した1999年、私たちが市に対して保存運動を展開した経緯もあり、強い思い入れもありましたから、携わってこられたのは幸せなことでもあります。開館当初はボランティアとして、その後は私たちが指定管理者として運営してきました。この間起雲閣の素晴らしさをお客さまに伝えるために、建物は愛情込めて隅々まで掃除してきましたし、ご質問いただいたことは答えられるように万全の準備を心掛けてまいったことで、多くのお客さまに来ていただけるようになったのではないかと思います。

富岡:起雲閣を成功例と言うのは、まさにこの中島さんをはじめとするあたみオアシス21の皆さんの起雲閣への愛情と、お客さまへのおもてなしの心でして、このホスピタリティ精神を他の施設に伝えていただきたいと思っているのです。ただ、いままでお金の部分に関しては、市から支払われる決まった指定管理料の中で運営を行う収受代行制でご苦労をおかけしたと思います。修繕するにも主婦目線で経費を削減して、お金を捻出して行われたと伺っています。これも建物に愛着を持っているからこそで、ありがたいことです。

鈴木:ほんとうに頭が下がりますね。さて、収受代行制の話が出ましたが、今後は利用料金制ということで、自由度は増しますが、しっかり稼いで施設を維持していかねばなりません。そのために若者の力も必要と島嵜さんに熱海に引っ越して来てもらいました。まだ、市民となって日は浅いですが街の感想は。

島嵜:若者の視点を代表するというのも恐縮ですが、意外と多くの若者が訪れている印象を受けました。観光プロモーションが上手くいっていることも一因でしょうが、個人的には駅ビルは新しく、駅前にはタワーマンションがある一方、街のなかに足を踏み入れると古い商店街や昭和な建物が多くあります。今の世の中と重なるその混沌さが若者を引き付ける理由なのではないかと思っています。

鈴木:混沌とはおもしろいですね。確かに熱海には昭和レトロ的なものも多いですからね。島嵜さんの周囲でも昭和への関心は高いですか。

島嵜:はい、インスタグラムをはじめとしたSNSを見ると若者が純喫茶巡りをしたりしていますし、街並み自体が写真映えすると熱海を訪れているようです。

「歴史、伝統、文化」に新たな付加価値を

鈴木:喫茶店のつながりでいえば、今対談を行っている起雲閣の喫茶室「やすらぎ」も素敵ですね。

中島:ありがとうございます。「やすらぎ」は、旅館時代はBARだったところで場所も良いのです。館内は展示スペースもあるので結構歩くことになるのですが、順路をたどると最終的にこの喫茶室の前に出てきます。そこでスタッフがお客さまに「おかえりなさい」とお声がけして、この喫茶室をオススメするんです。途中にも自動販売機があるんですが、そこではスタッフが「もう少し行くとゆっくりしていただける喫茶室がありますよ」と(笑)。

鈴木:見事な誘導ですね(笑)。オススメはなんですか。

中島:コーヒーも美味しいですが、熱海紅茶という熱海特産の橙(だいだい)のマーマレードを使った紅茶があります。お土産に販売しているマーマレードは私たちの手づくりです。

鈴木:熱海市は日本で有数の橙の産地ですからね。一方で、澤田政廣記念美術館ではコーヒーを出していて、先日は島嵜さんたちがテストマーケティングを行いましたね。

島嵜:もともと美術館では熱海市さんが梅まつり期間などの土日にオープンカフェを行い、素敵な建物とお庭を見ながらコーヒーを飲んでいただいていました。我々もこれから自主事業をやっていかねばならないので、熱海市さんがやっていない時にトライさせていただきました。富岡さんにも見ていただいたのですが、いかがでしたか。

富岡:凄く良かったですよ。美術館は熱海梅園の坂を上り切った場所にあるので、梅の香りを楽しんでいると、急にコーヒーの良い香りがするので、皆さん吸い込まれるように喫茶スペースに入って行かれていました。我々が行う場合と違って、カウンターでコーヒーを抽出するところも見られるので、見せ方がうまい。先ほども申しましたが、こういうことは行政にはなかなかできない(笑)。

鈴木:あたみオアシス21のスタッフの方々には、新たに凌寒荘を運営いただいていますが、施設に対してどのような感想をお持ちですか。

中島:起雲閣とは違う空気感がありますし、歌人である佐佐木信綱さんの御宅だったので短歌を好きな方にとっては聖地ですから、少しずつ再生していけば皆さん来てくださるのではないかと思います。ただ、無料の施設なので、どうやって赤字を解消していくかでしょうね。澤田政廣記念美術館のように一服していただける場所を設けてもよいのではないでしょうか。

鈴木:入館料など条例で決まっているものは変えられないにしても、付加価値をつけることで、気持ちよくお金を使っていただけるようにしたいですよね。その第一歩としてキャッシュレス決済の端末を入れることで、お客さまの利便性向上と管理業務の効率化を図り始めました。島嵜さんは、取り組んでみたいこととしてどんなことがありますか。

島嵜:春は学生さんが多く、夏は家族連れが多いので、夏に向けては子どもさんをターゲットに考えています。私が夏休みの自由研究に苦労したので、文化面でも建築面でも深堀できる6つの施設を利用していただこうと思っています。例えば、興味を持って調べたことを新聞でまとめるような「熱海my新聞」なんかをつくってもらえると嬉しいですね。

鈴木:おもしろいですね。最後に、今後の期待をそれぞれいただけますか。

富岡:先ほども申しましたが、あたみオアシス21が行ってきた起雲閣のホスピタリティ精神をjekiさんと組むことで他の5施設にも広められれば、熱海の文化施設の評価が高まると思っています。そして支出面で、発注のタイミングを柔軟に行ってもらうなど経費の効率化を図っていただきたいですね。加えて、魅力的な自主事業で、旅館など観光分野の方々とも連携して入館者や利用者を伸ばしていただければ、街の回遊も進み、お客さまの満足度も高まり、街の魅力も増すと期待しています。

中島:jekiさんの発信力を上手に使って6施設の重要性を伝えることで、「文化都市熱海」をもっと知っていただき、そのなかで、私たちも一緒に勉強させていただければと思っています。島嵜さんはどうですか。

島嵜:若い人たちはインスタグラムなどで調べ、旅先をピンポイントで決めるスタイルなので、若者の代表として、彼らの視点を意識しながら発信していきたいと考えています。

鈴木:ありがとうございます。私たちも街と連携し、皆さんとともに学びながら「文化都市 熱海」を盛り上げていきたいと思います。本日はありがとうございました。

「起雲閣」

起雲閣 庭園の様子
船舶事業で財を成した内田信也が1919年に別荘として築き、「鉄道王」根津嘉一郎も所有した「熱海の三大別荘」のひとつ。戦後は旅館として生まれ変わり、熱海を代表する宿として山本有三、志賀直哉、谷崎潤一郎、太宰治、舟橋聖一、武田泰淳など多くの文豪に愛された。緑豊かな庭園、日本家屋の美しさをとどめる本館、独特の雰囲気を持つ洋館が一体となっている。現在もその優美な気品で熱海市の文化と観光の拠点となっている。

「澤田政廣記念美術館」

澤田政廣記念美術館 外観
熱海の海辺に育ち、熱海市名誉市民でもある澤田政廣は彫刻家として知られるが、絵画や墨彩、陶芸、版画、書などさまざまな領域で活躍した。多くの作品が収められた美術館は四季折々の自然が楽しめる熱海梅園に隣接しており、周囲の散策も楽しめる。

「池田満寿夫・佐藤陽子 創作の家」

池田満寿夫・佐藤陽子 創作の家 リビング
油彩や版画、小説など、多彩な才能で知られた池田満寿夫と世界的なヴァイオリニストで声楽家、エッセイストとしても知られた佐藤陽子。芸術の神様に愛された2人の住居兼アトリエだったこの施設では、創作の雰囲気を感じられるとともにリビングではコーヒーも楽しめる。

「池田満寿夫記念館」

池田満寿夫記念館 外観
1982年に熱海に移り住んだ池田満寿夫が、作陶の場として1986年に工房を構えた。「芸術は私有するものではなく多くの人たちと共有するもの」 という考えから、工房に併設された展示場を記念館として2007年に開館。陶芸を中心にブロンズ、書、版画などが展示されている。

「伊豆山郷土資料館」

伊豆山郷土資料館 外観
伊豆に流された源頼朝、北条政子が深く信仰した伊豆山神社の所蔵品を中心に、伊豆山地区に代々伝わる郷土資料を展示。なかでも伊豆山神社の神の姿を現した、銅像「走湯権現立像(県指定文化財)」をはじめ、さまざまな至宝を見ることができる。

「凌寒荘」

凌寒荘 展示の様子
歌人として、「万葉集」の研究者として知られる佐佐木信綱が晩年を過ごした邸宅。建物のなかには入れないものの、庭園には「万葉集」に歌われた草木が数多く植えられ、信綱の詠んだ歌の説明板が配置されており、和歌の世界が広がっている。

鈴木 純
株式会社ジェイアール東日本企画 ソーシャルビジネス・地域創生本部 部長
1991年に東日本旅客鉄道株式会社入社。駅をはじめとした鉄道事業だけでなく、国内・海外の旅行事業や交通系ICカードソリューション事業などにも携わる。2019年よりJR東日本熱海駅長を務め、2021年より現職。

富岡 久和
熱海市役所 教育委員会事務局 生涯学習課 課長
1993年4月熱海市役所に入庁。社会教育、歴史資料管理、文化財の保存などの業務とともに、文化施設を核とした観光的活用・連携やPRを担当している。

中島 美江
NPO法人あたみオアシス 21 代表
1995年、女性の意見を市政に反映する諮問会議「あたみ女性21会議」の代表として10年間携わる。その後NPO法人「あたみオアシス21」を立ち上げ、起雲閣の指定管理事業者の代表として施設運営を開始。

島嵜 伸孔
株式会社ジェイアール東日本企画 ソーシャルビジネス・地域創生本部
大学在学中に地域プレイヤーとの協業、またそれを支える人々などとの交流を通して地域創生の現場の一端を知り、卒業後この事業への参画を決意。海・山の自然がそろった熱海に惹かれて移住し、熱海市民としてもこの事業に関わる。

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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