DMOの可能性と果たすべき役割。(前編) ―林口砂里(エピファニーワークス代表取締役)×稲葉耕一(ジェイアール東日本企画関西支社長)×溝口淳夫(ジェイアール東日本企画北陸営業所長)―

中之島サロン VOL.7

右:エピファニーワークス代表取締役 林口 砂里氏 中央:ジェイアール東日本企画関西支社長 稲葉 耕一 左:ジェイアール東日本企画北陸営業所長 溝口 淳夫

全国各地で、地域創生が積極的に進められている昨今、そのかじ取り役となるのがDMO。Destination Management/Marketing Organizationの略称で、行政・民間を超えて幅広く連携しながら、地域の活性化に向けて事業を推進する観光法人のことを言います。
今回は、DMOの候補法人※として、富山県西部のエリアを担う一般社団法人 富山県西部観光社「水と匠」でプロデューサーを務める林口砂里氏(エピファニーワークス代表取締役)をお招きし、ジェイアール東日本企画関西支社長の稲葉耕一と北陸営業所長の溝口淳夫が、DMOの可能性やその役割などについてお伺いしました。
前編の今回は、林口氏のこれまでの活動歴や、観光を軸に富山県西部地区で活動する地域振興組織「水と匠」との出会いなどについて語っていただきました。

※観光庁を登録主体として、日本版DMO及びその候補となり得る法人のこと

富山の価値と課題に気がついて。

林口:実は、これまで、長年携わってきた仕事では、あまり地域に関わることはしてなかったんですよ。

稲葉:アートの業界で活動されていたんですよね。

林口:はい。その業界に進んだのは、大学時代にロンドンに留学した際、「20世紀の美術史」という授業を取ったことがきっかけですね。ロンドンにいると、授業で出てくるアート作品にすぐに会えたり、美術館で簡単に鑑賞できたりするので、それが本当に楽しくて、どんどん現代アートにのめり込んでいきました。留学から帰ってくる頃には、アートを仕事にしたいと、当時オープンしたばかりだったワタリウム美術館に、「そちらに仕事はないでしょうか?」って電話したら、「じゃあ、明日から来てください」ってアルバイトで入ったんです(笑)。資金集めにはじまり、企画や展示、広報と、美術館運営に関わる一連の流れを勉強させてもらいました。その中で、素晴らしい作品や才能のあるアーティストを世の中に伝える「美術教育普及」の仕事をやってみたいと考えていたところ、水戸芸術館に美術教育普及員として採用してもらいました。ただ、その仕事はボランティアだったので、平日は掃除のアルバイトをして、週末はギャラリートークをするという、フリーター生活がしばらく続きました。

溝口:親に叱られませんでしたか?(笑)。

林口:ありがたいことに、私の両親はやりたいことをやりなさい、と支えてくれる人たちで(笑)。とは言え、さすがにボランティアでは食べていけないので、次に五反田にある東京デザインセンターに就職して、ギャラリーやホールの企画をやらせてもらうようになりました。そうやって、デザインや建築についても勉強しながら、長年、アートの業界と関わってきました。

稲葉:そこから、会社設立につながっていくんですね。

林口:はい。最終的に自分の会社を立ち上げるわけですが、実は、会社をつくってビジネスで成功しよう!といった野心があったわけではなくて(笑)。そもそもは、音楽や映像を作っている高木正勝さんというすごいアーティストに出会って、彼と仕事をしようとしたら、法人じゃないと契約できませんと。それで、会社をつくったんですよ。つまり、なりゆきです(笑)。

溝口:会社は東京で設立したんですよね。なぜ、今は富山なんですか?

林口:その頃は、生まれ故郷の富山に帰ろうなんて、思っていませんでした。もともと、田舎には何もないと思っていましたから。

溝口:そうなんですね。

林口:でも8、9年ぐらい前から、東京にいることに、なんとなくもやもやしたものを感じていて、そうこうしているうちに、東日本大震災が起こりました。その時、いつどこで何が起こるかわからないことを実感して、今、やりたいことはやろうと。そのやりたいことのひとつに、年を取ったら田舎で父と畑でもしたいな、というのがあって、それを富山で実行することにしたんです。

稲葉:そこで、現在の活動につながる発見や出会いがあったというわけですね。

林口:そうですね。それで週末に富山に戻って、父の実家がある氷見市の里山を訪れてみると、私が子どもの頃は田んぼと畑があって、牛が飼われていて、典型的な日本の原風景があったのに、ずいぶんと荒れていて、景色がまったく違っていたんです。里山が荒廃するって聞いてたけど、こういうことかぁって、すごくショックを受けました。でも一方で、そこにいると自分が受け入れられている安心感があって、畑仕事も楽しくて、帰る頻度が上がっていきました。そんな中で、地元で高岡銅器の仕事をしている同級生たちと会うようになって、いろいろと話を聞くと、「僕らは、もう、かなり厳しいよ」って。昔は近所中、銅器屋さんばかりだったのに、どんどん職人さんが減って、危機的な状況になっていることを知りました。それであらためて彼らの工場を見せてもらうと、「かっこいい!」って感動したんです。こんなに素晴らしいものがあるのに、さっきの里山と同じで、どんどん失われつつあるという、その価値と課題の両方に気がつきました。でも、その時点では、それをなんとかしようと思ったわけでもなくて(笑)。

溝口:なんとかしようとは、なかなか思わないですよね。

林口:できるわけないと思っていましたから(笑)。週末に富山に帰って、東京ではバリバリ仕事をする、という生活を1年ぐらい続けていたんですが、富山にいる方が安心するし、暮らしも豊かだなぁと思えることに気がついて、東京での暮らしがしんどくなってきて。とは言え、富山には仕事がないだろうしと悩んでいた時に、ベースを「富山」にして、時々東京に来て、仕事をすればいいじゃない、って発想を変えたらすごく楽になったんです。それで、闇雲に帰ってきてしまい、当初は仕事もありませんでした。

稲葉:最初はないですよね(笑)。

林口:本当にありませんでした。これまでやってきたアーティストのプロデュースとかも、東京じゃないとなかなかできないんです。だから、専属の契約を全てやめて。東京の仕事もありましたけど、半分ぐらいになって、これから、どうやって食べていこうか?って(笑)。

溝口:ある意味、すごく無謀ですね(笑)。

林口:今思えば無謀ですね(笑)。最初の2年ぐらいは仕事はあまりありませんでしたが、やることはたくさんあったんですよ。外から帰ってきたからこそわかる地元の魅力や抱えている課題を地域のみなさんにお伝えして、アドバイスをしたり、イベントを企画したりとか。

稲葉:林口さんが富山に戻られた当時、そういう地域創生的なことをやっている人って、あまりいませんでしたよね?

林口:それが、高岡って面白い場所で、地元で街づくりをやっている人が結構いらっしゃったんですよ。なので、私はいきなり一人で始めたわけではなくて、すでに動いていたチームに入れてもらったという感じですね。NHK大河ドラマ「八重の桜」や「坂の上の雲」のタイトルバックをディレクションした菱川勢一さんに、高岡の伝統産業をテーマにしたショートフィルムを撮っていただいたり、いろいろやっていく中で、ポツポツと仕事を頼まれるようになっていきました。それが、6年ぐらい前のことですね。

稲葉:なるほど、そういった活動が、少しずつ今のお仕事につながっていくと。

林口:そうです。なので、地域創生をやるぞ!って意気込んで帰ってきたわけではないんですよ(笑)。

溝口:それまでは、東京中心でしか世の中を見ていなかったので、地方がこんな状況になっているって気がつかなかったんですよね。

林口:昔は田舎には何もないと思っていたけど、それは大間違いで、田舎にも宝物がたくさんあって、私たちが現代的な価値観の中で捨ててきたものが残っていますよね。それは未来に継ぐべき価値であり、もし失ったら、人類にとってもったいないでは済まされないんじゃないかって。それが絶対に正しいのかはわからないけど、自分が大切だと思うことに対して、何か少しでもやれることをやるしかないんじゃないか?と思って取り組んでいます。

稲葉:そういった思いがあるから続けられるんですね。

林口:思いがなければ、何もできないですよね。

DMOはどうあるべきか?

稲葉:「水と匠」については、どのような経緯から携われましたか?

林口:数年前から、北陸コカ・コーラボトリング株式会社で会長を務めておられる稲垣 晴彦さんの陣頭指揮で、北陸の名だたる経済人が、地域のために何かしなくてはと動いておられました。そんな中で、「国がDMOというものを推進しているらしいぞ」、と。でも、DMOって、そもそもなんだ?というところから、稲垣さんたちが勉強会を開催しておられたんです。その第3回に私がゲストスピーカーとしてお招きいただいて、高岡での取り組みについていろいろとお話をしたところ、打ち上げの席で稲垣さんから、「DMOを一緒にやらないか?」とお声掛けいただきました。

溝口:なるほど、そういった経緯があったんですね。DMOはもともと欧米で生まれた概念で、最初に成功したのはバルセロナですよね?

林口:そうです。DMOという概念が登場したのは、バルセロナオリンピックと言われています。バルセロナ観光局が戦略的に進めて、観光客がすごく増えたんですよ。今や、バルセロナはある種のブランドとして確立されていますよね。そのような成功から、日本でも取り入れていくべきだと、国が動き始めました。

稲葉:今、日本が観光立国を目指している中で、外国人観光客がすごく増えていますよね。

林口:はい。しかしながら、東京や京都、大阪でもそうでしょうけど、観光公害があったりなど、外国人観光客と上手く付き合えていない状況があるんですよ。日本の観光業はまだまだ発展途上ですね。国としては、それを変えていく、あるいは、受け皿となっていく組織が必要で、この土地はなんとなくこうだよね?という勘だけではなくて、マーケティングできちんと数字を拾って、ニーズをしっかりと捉えて、戦略的にやっていきなさいと。もうひとつは、プラットホームとしてDMC(Destination Management Company)と呼ばれる組織とつながって、今までの行政的なやり方ではなくて、民間的な手法を取り入れていきなさいと。そこで、私たちも富山県の西側6市を対象エリアに行政の方たちとともに組織を立ち上げ、8月にはDMO候補法人になりました。

溝口:ちなみに、行政の方にお話しする際に、例えば観光協会との住み分けについては、疑問は出ませんでしたか?

林口:もちろん、出ました。観光協会はどちらかと言えば行政寄りの組織なので、幅広い方面にいろいろなサービスを提供するのが大前提としてあります。ただ、私たちは民間主導なので、エリアを決めて、ターゲットも絞りますから相互互換しましょう、と説明しています。

溝口:行政だと税金を使っているので、総花的にやらないといけませんが、民間だと、どうすれば人が集まるかを深堀りできるんですよね。

林口:はい。一方で私たちは、ビジネスとして考えるだけでなく、観光業を通じて地域を活性したり、地域の豊かな暮らしを守ったりなど、そういった公益的な仕事でもあるので、それと両立させるところを考えなくてはいけません。そこで今、観光ツアーの企画・販売や宿泊業など、いろいろな取り組みを進めています。上手くいっているDMOとそうでないDMOとは、ビジネスと公益性の割合でわかります。なので、その割合を冷静に見つめながら進めています。

分野を超えることで生まれる化学反応。

稲葉:2017年に「国際北陸工芸サミット」の一環として富山県高岡市で開催された「工芸ハッカソン」って、すごくおもしろいですよね。日本全国で開催すれば、各地域でいろいろなものを生み出していくと思いますよ。

林口:そうなんですよ。あれは、高岡だけじゃなくて、いろいろな地域でできますからね。実は今、全国で可能性を探っているところなんです。

稲葉:伝統工芸って、もちろん、アーティストとかデザイナーと組み合わせることもできますし、最先端のテクノロジーとも組み合わせることができると。すごく可能性を感じさせてくれます。

溝口:どうして、伝統工芸と最先端のテクノロジーを組み合わせようと考えたんですか?

林口:すでに富山では、伝統工芸とアーティストやデザイナーとのコラボレーションがたくさん行われてきました。私が何かやれるとしたら、学者やエンジニアの方々とも仕事をしているので、彼らと組み合わせれば良いんじゃないかと。それで実際に募集してみると大企業のエンジニアさんたちが集まってくださって。彼らも伝統的なものづくりにすごく興味があることがわかりました。

伝統産業の職人や工芸作家と、エンジニアや研究者、アーティストがチームを組み、新たなプロジェクトを生み出す「工芸ハッカソン」。

稲葉:なるほど、分野を超えることで生まれる化学反応ってありますよね。先日、出張でパリに行ってきたんですけど、メトロの駅を設計するにあたってアーティスト枠があって、予算化されているんです。全体予算の中で1%をアーティストの自由演技に使うっていう。アーティストもばらばらで、例えばラッパーが入っていたりとか(笑)。

林口:おもしろいですね。それこそ、化学反応だと思います。

溝口:そういったいろいろな人が入っている方が、予想以上のものが生まれますよね。

林口:今後も、工芸ハッカソンに限らず、そういった伝統的なものと最先端のものを組み合わせる取り組みは続けていきたいです。その中で、新しいものをどんどん生み出しながら、地域の活性化につなげていければ素晴らしいですね。

林口 砂里
文化・地域振興プロデューサー/(有)エピファニーワークス代表取締役
富山県高岡市出身。東京外国語大学中国語学科卒業。
東京デザインセンター、P3 art and environment等での勤務を経て、2005年に(有)エピファニーワークスを立ち上げる。これまで、現代美術、音楽、デザイン、仏教、科学といった幅広い分野を融合させるプロジェクトを手掛ける。
2012年より拠点を富山県高岡市に移し、伝統工芸と先端技術が出合う『工芸ハッカソン』のプロデュースをはじめとし、地域のものづくり・まちづくり振興プロジェクトに取り組む中、2019年、地域の観光を推進するDMO候補法人「一般社団法人富山県西部観光社 水と匠」のプロデューサーに就任。

主な実績
・西本願寺 「スクール・ナーランダ」や「伝灯奉告法要協賛行事」プロデュース(京都、他)(2017~)
・国際北陸工芸サミット「工芸ハッカソン」他プロデュース(富山県、文化庁)
・京都市主催の音楽フェスティバル 「OKAZAKI LOOPS」プロデュース(京都市)(2016、2017)
・2017年開館「富山県美術館」のプロモーション(2015~)
・「伝統的工芸品国民会議全国大会」監修(富山県)(2015)
・国際プロジェクトALMA望遠鏡コンテンツ制作プロデュース(国立天文台)(2014年秋「21_21 Design Sight」、
2015年金沢21世紀美術館、2016年青山・スパイラルにて展示)
・高岡市文化創造都市懇話会委員として、文化創造都市ビジョン策定に携わる(高岡市)(2014~2015)
・「富山ブランド販路拡大調査」(富山県)(2014)
・「高岡クラフト市場街」企画運営(2013~)
・科学×音楽「宇宙とヒトをつなぐもの」(主催:(独)科学技術振興機構)(2010)プロデュース

上記ライター稲葉 耕一
(執行役員 関西支社長)の記事

上記ライター溝口 淳夫
(北陸営業所長)の記事

中之島サロン by 関西支社

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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  • 稲葉 耕一
    稲葉 耕一 執行役員 関西支社長

    1991年jeki入社。営業局配属後、運輸、食品他多くの商品、サービスのAEを担当。
    広告電通賞準グランプリを受賞した航空会社のキャンペーンでは代理店サイドの責任者として陣頭指揮を執る。2014年第三営業局長を経て2017年より関西支社長。
    関西支社長就任後、大阪市交通局のCI構築のコンペを獲得、実施。

  • 溝口 淳夫
    溝口 淳夫 北陸営業所長

    1992年jeki入社。入社後は、本社~長野支店~本社~仙台支店に勤務し、主に、JR東日本グループ流通関連会社の販促・広報宣伝活動業務を担当。 特に、2016年3月の仙台駅東口開業(SCゾーン等)に関しては、多くの関係者との調整がある中、業務受諾側の現場責任者として陣頭指揮を執った。 2016年仙台支店副支店長を経て、2017年より北陸営業所長に就任。2019年度石川県アンテナショップリニューアルに関する運営事業を受諾。

6月15日公開 PICK UP 駅消費研究センター VOL.39 について

2021年6月15日公開のPICK UP 駅消費研究センター VOL.39「地域や自然とつながる循環型レストラン「Maruta」(調布市)―社会問題に応える、生産緑地の開発モデルへ」について、6月17日より公開を中止しておりましたが、一部内容を修正のうえ、7月9日に再公開致しました。