東京都羽村市を本拠とするスーパーマーケット「福島屋」は、“食のセレクトマーケット”を謳い、安心・安全で良質な食材・食品を提供することで人気の高いお店です。安売りはしない、チラシは配らない、といった独自の経営手法でも注目される福島屋の、代表取締役会長を務める福島徹さんにお話を伺いました。今回は、その前編です。

株式会社福島屋 代表取締役会長
福島 徹さん
1951年生まれ。大学卒業後、両親が経営していたよろず屋を継ぎ、酒屋・コンビニエンスストアなどを経営。80年に業態転換し、現在のスーパーの業態へ。自ら産地へ赴き、生産者から直接米や野菜を仕入れ、つくり手とのコラボレーションによる福島屋オリジナル商品を多く開発。価格競争はせず、折込チラシも使わずに、およそ40年黒字経営を続けるユニークな経営手法が注目されている。著書に『福島屋 毎日通いたくなるスーパーの秘密』(日本実業出版社)。
2号店の失敗で目覚めた、お客さま目線に徹した店づくり
安売りはしない、チラシは配らない、さらに“食のセレクトマーケット”を打ち出す福島屋のコンセプトは、どのようにして生まれてきたのですか。
福島:最初からそうだったわけではないんです。親の営んでいたよろず屋を引き継ぎ、酒屋、コンビニ、青果店を経て、スーパーに転換したのが1980年です。当初は安売りもしていたし、チラシも出していました。でも、57坪(約190㎡)の小さな店で、それを繰り返していて本当にお客さまのためになるのかと疑問に思い、チラシは3年でやめました。
僕は一度、大失敗をして気付いたことがあったんです。1988年に立川で開業した2号店です。売場面積は、本店の3倍。でも、まったく売れず、開店2週間目で売上が目標の半分まで落ちました。何とかして売ろうと必死になっている中で思ったんです。この「何とかして売ろう」という姿勢が、そもそも間違っているのではないかと。業績の悪さに焦って、お客さまそっちのけでモノを売ることばかり考えていた。つまり、お客さまにただ商品を押し付けていたんです。
“食のセレクトマーケット”という考え方は、押し付けではなくお客さまの生活そのものに真に役立つものをそろえようとしていくうちに、だんだんそうなっていったという感じですね。
どういうものをセレクトされているのでしょうか。
福島:心身が元気になる自然をたくさん抱えた食をセレクトしています。こだわりの旬の食材を全国からそろえているほか、実際に店で販売している食材を使って手作りしたお総菜やお弁当も販売しています。
本店を開業したころの僕は、売上や利益に執着してばかりでした。でも、2号店での失敗以来、とにかく儲かればいいというような考え方は二度としないと決めてやってきました。地域のお客さまに安心・安全・おいしいものを届けるという、本来の使命を忘れないようにしながら、常に「お客さまにとって正しいことか?」を自問自答しながら店づくりをしています。

東京都羽村市にある「福島屋 本店」は、地域に根強いファンを持つスーパー。こだわり抜いた旬の食材を取りそろえ、「集客や他店との差別化のための安売りはしない」「折込チラシは出さない」など独自の運営方針を貫いている。売場では、丁寧なPOPとともに商品の魅力が伝えられている
「売る」のではなく「伝える」が主眼。地元の主婦も売場づくりに参加
2号店での経験を経て、具体的には、どのように店づくりを変えていったのですか。
福島:まず「売る、売り込む」という姿勢を改めました。食生活のスタイルはお客さま一人一人が自分でつくるものです。それに対して情報と場を提供するのが僕たちの役割。「これ、いいですよ。買ってください」と決め付けたり、押し付けたりするのはやめよう。お客さまがその商品を選ぶために必要とする、正しい情報を提供しよう。つまり「伝える」ことを重視したのが、一番大きな変化です。今でこそ“場のメディア化”などといわれますが、それをいろいろなかたちで実践してきたのです。
「伝える」ための取り組みとは、具体的にどのようなことですか。
福島:最も大切にしたのは、商品のつくり手を知ることです。生鮮食品は、旬のものを扱うことを基本にしていますが、例えば青果ならば、産地・農家を訪ねてどんな人が、どんなふうに野菜を栽培しているかを見て、話を聞くことから始めました。肉や魚についても同様です。
さらに、本部が一括して商品の仕入れを行うのではなく、各店舗の売場担当が、仕入れも担当するようにしました。青果なら青果担当、鮮魚なら鮮魚担当が、産地や卸売市場へ仕入れに行くのです。そうすると、それぞれの売場担当が目利きになりますから、単に商品説明ができるというレベルではなく、「なぜ福島屋がこの品物を扱うのか」ということまでを意識して、お客さまにお話ができるわけです。POPのつくり方などもうまくなりますしね。
売場スタッフの教育や、仕事に対するモチベーションにも関わりそうですね。
福島:誰かが決めたルーティンワークで商品を並べる感覚では、魅力的な売場にならないと僕は思います。だから、商品棚の写真を撮ってスタッフ皆で検討し合う「グラフィック・ワークショップ」というのを、以前はかなり頻繁にやっていました。
それから、お客さまにも売場づくりに参加してもらっています。常連だった地元の主婦の方々に声を掛け、「ミセス・プロズ・スマイルズ(MPS)」というチームをつくってスタッフになってもらいました。MPSは、新商品の導入や、プライベートブランドの商品企画などにも関わります。
主婦の感性を売場に反映させたいとMPSを立ち上げたのですが、実際は難しいところもあります。集まってもらっても、最初のうちは商品や売場の批判が多く出てしまう。批判ではなくどうしていくのかという建設的な議論をしながら、うまく進められるようになるまでに1年半ほどかかりました。スタッフ対象のワークショップも、なかなか思惑通りにいかない。しかし、そういったトライ&エラーの積み重ねで、今の福島屋が出来てきたと感じています。

旬の食材を使う講座の継続でお客さまのフードスキルを高める
食に関する講座も頻繁に開いているそうですが、どのような講座ですか。
福島:店で買える旬の食材を使った料理の講座が多いです。この9月は、例えば穴子の炊き込みご飯とか、きのこを使った春巻きといったテーマでやりました。
今は一年中何でもあるから、食べ物の旬を知らない方が、非常に多い。それに食品に限らず、そのお客さまが使い慣れていない商品は、いくら魅力を訴えてもなかなか手に取ってもらえません。そこで、旬の食材のおいしい食べ方を伝えようと、10年ほど前に始めたのが「美味しい時間」という有料の講座です。
調理法ばかりではなく、旬の食材の特徴や、産地・生産者のことや、安心・安全な食品とは何かといった話もします。実際に、講座を受けた方は、その帰りに店に立ち寄り、講座で紹介した食材を購入される方が多いです。当初は参加者がほとんどいなかったのですが、今は毎回満員です。
お客さまとコミュニケーションを図るためのいろいろな接点を、時間をかけてつくってきたのですね。
福島:店舗は、モノとお金を交換するだけの場所ではないと、僕は思っています。商品そのものにとどまらず、その商品をつくる人の思いまでを含めた、多彩で豊かな出合いがある場所です。
それから、商品を選ぶ側にもそれなりの努力が要ると思うんです。我々が商品を店にそろえたからといって、お客さまの食のスタイルが出来上がるわけではない。おいしいものを食べるには、知識も感覚も磨かなければなりません。
うちで扱う商品には、「山漬け」というかなり塩辛い熟成した鮭や、一週間に1度しか入荷せず品切れ状態が続いてしまう熟成牛肉など、他のスーパーではまず扱わないような品物もあります。塩辛い鮭は味わいを楽しみながらほんの少しずつ食べればいいし、あるいは今すぐお肉が食べたいけれど次の入荷まで1週間我慢して待とうというのも、僕は食の楽しみだと思います。身近なことでそういった楽しみ方を見つけられる感性が、お客さまの食生活を豊かにすると思うんです。
先の講座は、福島屋の商品を理解してもらうとともに、お客さまの食に関するスキルを高めていくのも狙いです。そして、それは店舗スタッフのスキルアップにもつながります。手応えを得るまでに5年くらいはかかりました。MPSについてもそうですが、すぐに結果が見えなくても必要だと思うものは、根気強く続けるようにしています。
取材・文 高橋盛男
撮影(人物) 片山貴博
※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.42掲載のインタビューを一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2019年9月)のものです。
町野 公彦 駅消費研究センター センター長
1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。