「よそ者」率いるローカルベンチャー
愛媛で「新産業」を生む

地域創生NOW VOL.3

 jekiは、中小企業庁の補助事業として、地域の魅力を発掘・ブランド化し、個性的な商品やサービスを世界に売り込むことができる人材の育成を目指す「ふるさとグローバルプロデューサー等育成支援事業」を35社のOJT研修先の協力のもと展開。一昨年度は、各地から参加した約140名の研修修了生を送り出した。  今回、OJT研修先であり、愛媛県での養蚕業の復活という地域を巻き込んだ取り組みを圧倒的なスピード感をもって進め、「地域創生で結果を出すには長い時間がかかる」という常識を覆した、リバースプロジェクトトレーディング代表取締役社長河合崇氏に話を聞いた。

愛媛県の名産品は柑橘類やその加工品、鯛、じゃこ天などをはじめ、真珠、砥部焼、今治タオル、和ロウソクに加え、絹織物(シルク)が代表的だ。しかし、昨今では国内養蚕農家の激減もあって、国産のシルク産業は存続の危機を迎えている。
その背景には、安価な海外製シルク製品の輸入や化学繊維の普及、生活様式の移り変わりなどがあり、養蚕農家の高齢化と桑畑の減少も見過ごすことはできない。そんな中にあって、「世界最高品質シルク」として海外でも高く評価される愛媛県西予市の生糸の価値を再発見し、新産業の創出に繋げているのがリバースプロジェクトトレーディングだ。 「地方の伝統産業は非常にポテンシャルが高い」というのが、河合氏が起業するきっかけだが、配偶者の実家は愛媛県。「妻の郷里を訪れるたびに、このような風光明媚な場所で地に足をつけた暮らしがしたい、ここで仕事ができればいいなと漠然と夢を抱いていた」とも話す。
「熊本県の山鹿市で取り組まれてきた『SILK on VALLEY YAMAGA』(新シルク蚕業構想)の取り組みをサポートする中、特にIoTを駆使した世界最大規模のスマート養蚕工場を稼働させたニュースは衝撃的で、それから愛媛県でも同じように新たなシルク産業を生み出せないか、徹底的に調べました」
河合氏は、前職は住友商事で腕を磨いたバリバリの商社マン。住友商事時代、「繊維原料部というシルクやコットン、ポリエステルを扱う部署の担当でした。だから深掘りしていくほど、愛媛のシルクはすごい。これはやれる」と闘志と確信みたいなものが漲っていったそうだ。そうして、新しいシルク産業の創出を目指し、業種や地域の垣根を越えた取り組みを実施するために立ち上がったのが「愛媛シルクプロジェクト」だ。
愛媛県の西予市産の繭からつくられる「伊予生糸(いよいと)」は一般の生糸と比べて、「白い椿のような気品ある光沢があり、ふんわり柔らかな風合い」が特徴となっている。これは、伊予生糸が原料となる蚕を育てる桑の栽培に適した気候と、肱川の美しい清流、傾斜面を利用した盆地の風土、伝来の技法を守り継いできたゆえの産物だ。通常は繭を乾燥させて糸を繰るのに対して、西予市では生のまま冷蔵保存した繭をゆっくりと操る「生繰り法」。また明治初期から伊予生糸では、時間をかけて丁寧に糸を繭から引き出すため、蚕がS字状に吐いて作った糸の繊維のうねりがそのまま残ることによって、格別なシルクの味と風合いが生まれるのだ。伊予生糸は愛媛県の誇りであり、伊勢神宮や皇室の御料糸として納められ、英国エリザベス女王戴冠式のドレスに使われたり(1953年)、あるいは能装束の復元に使用されたりしてきた類い希なる地産の宝となっている。

「繭」を無駄なく使い切り、
世界に誇れる産業として発信

2016年10月に本格的に動き出した愛媛シルクプロジェクトは、半年ほどでシルク製品ブランドの「SILMORE」(シルモア)の商品化に成功。国内・海外同時に販路を拡大させている。
「生糸を紡ぐ工程では、繭のわずか約17%だけが使われ、残りの約83%はキビソ(蚕が最初に吐き出した固い糸)やビス、蛹といった廃棄されるものがほとんどです。そこで、我々はキビソに着目して柔らかく質感の高いコットンを混ぜて今治タオルやスカーフなどの洋品雑貨を商品化。また、シルクの成分を抽出して化粧品に配合し、シャンプーやボディソープなど開発しました」
「SILK+MORE」を掛けあわせて「SILMORE」( シルモア)。ブランドロゴには、シルクの持つ機能性や可能性の広がりをイメージし、“繭”とそこに秘めたあらゆる可能性が“無限大(∞)”であることを表現する。

さらに、「ブランドを立ち上げる上で、情報発信にも注力しています。そういう意味で、リバースプロジェクト(代表は俳優の伊勢谷友介氏)の存在は大きかったです。そして、社会課題に切りこむには、キャッチコピーやプロダクトデザイン、映像、ロゴデザインなどを通して他と差別化するための商品の背景を目にみえる形にして、わかりやすく翻訳する力も求められます。地域ブランドが社会に影響を与えるには、映像や写真で受け手にインパクトを与えつつ、ブランドのストーリー(物語性)を伝達するメディアとのリレーションのパワーがいると思います」
また河合氏は併せて、企画書だけではなく、まずはモノ(商品)の力と連続するクリエイティブの強さ、メディアなどの媒体との連携や打ち出すタイミング、その先の販路開拓などの「巻き込み」を、キチンとプロデュースできなければ事業はうまくいかないと説く。
「メディアとうまく付き合うには、話題性のある旬な情報ソースを常に用意し、例えば小出しにするなどの打ち出すタイミングなどもよく考えなければいけないと思います。そういった意味で、メディア(SNSを含む)を使って、まず取り組むことを宣言し、今取り組んでいる経過を情報発信していくと、実践に向かって一直線でつながるはずなのです」

人・モノを縦横無尽に巻き込み
「地域商社」を設立へ

「この愛媛シルクプロジェクトは養蚕業を新産業の創出という認識で捉えています。弊社が愛媛県を起点としたUターン・Iターンのアンバサダー的な役割を果たしたいと考えているのです」と河合氏。社会にある様々な課題に対して、新しい素材や新しいシステム、新しい概念で解決するのが同プロジェクトの信条だ。地域の「組織」と「人」。行政はもとより、金融、地域団体や地元の養蚕農家、西予市の野村シルク博物館、シルクの成分抽出工場、国内外の商品販売先、各メディア、さらには他府県の自治体関係者に至るまで、縦横無尽の「巻き込み力」を発揮して、1年足らずで同プロジェクトを軌道に乗せてきた。 「今後、地域を良くするためには、“地域商社”が必要で、我々は使命として注力してまいります。愛媛県は食を中心に高いポテンシャルを秘めており、加工・デザイン・ブランディングなど付加価値を加えることで、愛媛県の良さがこれまで届かなかった地域に届けていきます。地域商社の機能には2つあり、地域内に向けて売る仕事と、地域外で売る仕事の両方のスキルが必要ですが、特に我々は地域外に注力していきたいと考えています」

巻き込む力は
足で稼ぐのが早い

「地方創生」のビジョンを描き、夢を現実に近づけるための近道には圧倒的な「巻き込み力」が不可欠だ。地域プロデューサーは、いざという時に声をかけられる専門的知識やスキルを有する人との横のつながりをもっておくことが大切だ。愛媛シルクプロジェクトの事例では、関係する中・小企業や行政(県・国)、支援する金融機関、関連工場、百貨店などの販売先、報道してくれるメディア、客観的な意見をくれる専門家や地域住民なども含め、守備範囲は広い。「巻き込み」が密になるほど、プロジェクトを動かす旋風になるのである。
「基本は人と人とのリレーションです。私は行政の方々や「SILMORE」(シルモア)の商品販売先の方々を連れて、北海道や小豆島、海外へ視察に行き、数日間を共にして酒を飲み交わし、旅の中で写真撮影して、時には一緒に遊んだりもする。そういった生の情報交換をする中で、普段頭を悩ませている解決策のヒントや気づきを高めるのです」
「先週はハワイの有名レストランのオーナーシェフを愛媛に招待しました。そのシェフに愛媛の味噌工場・椎茸工場などを順に案内しました。すると愛媛の椎茸の上品な香りに想像以上の感動があったようで、愛媛の地産地消の価値に理解を示してくれたのです」。このように外部の意見が地域資源の価値を再確認することに繋がり、河合氏によると、こうした出会いの1つ1つから、次なるプロジェクトの狙いと営業の戦略を練ることができるという。

新しいことを生み出す「巻き込み力」のポイントについては次のように語る。「1回声をかけたくらいでは絶対に先方の担当者はOKとは言いません。2回、3回と営業で足を運び、その際は必ず間隔を開けずに再訪することにしています。また、横のつながりは一歩踏み出したら、どんどん広がっていきます」
こういった営業努力と経験の積み重ねが功を奏し、愛媛シルクプロジェクトは2016年伊予銀行ビジネスプランコンテストにて「最優秀賞」を受賞。2018年3月には、ふるさと名品オブ・ザ・イヤー2017「政策奨励大賞」(地方創生担当大臣賞)を受賞した。
また、愛媛県では、今年度から新たな創業支援策「愛媛グローカル・フロンティア・プログラム」(EGFプログラム)として、「愛媛から、はじめる」を合言葉に、東京で創業の相談・支援ができるよう「創業クリエーター」を配置するほか、地域資源を活かして地域課題を解決するビジネスプランを全国に募集し、創業までを企業等とともにサポートしていくこととしており、愛媛シルクプロジェクトでの経験やネットワークを活かし県とも協力・連携して、愛媛県での新しい産業の創出に貢献していく。
「愛媛シルクプロジェクトにとっての幸運は、ふるさとプロデューサーを育成する事業へ参画できたことでした。そこで全国の地域プロデューサーや専門的知見・スキルを持った方との横のつながりが沢山できました。ネットでつながるより私は互いの現場へ行くリアルなつながりの方が大事な時代なのではと思っています。そうすることで本物のネットワークが拡大し、互いのできる可能性が躍動し、地方でやりたいことがグローバルレベルでも化学反応を起こしていくのです」

※本記事は、月刊「事業構想」(事業構想大学院大学発行)2018年7月号に掲載の記事を、一部加筆修正の上、再構成したものです。

河合 崇(かわい たかし)
リバースプロジェクトトレーディング代表取締役
京都大学経済学部卒業。住友商事などを経て、2016年4月に株式会社リバースプロジェクトトレーディングを設立。海外での事業経験が豊富であり、国内外に様々なネットワークを持つ。地域資源の掘り起こしから出口戦略の立案まで一貫したプロデュースが最大の強みであり、四国全域での地域民間商社機能を果たす。

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日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
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