シェアオフィスやシェアハウスと、日常的に定着したシェアビジネス。経済的な面が注目されがちですが、東京郊外のベッドタウンにあるシェア型商店「富士見台トンネル」では、さまざまな立場の人が居合わせることで生まれるクリエイティビティや、職住近接の働き方が、街に新たな動きを生み出しています。シェアがもたらした思いがけない効果や、街に生まれた好影響などについて、オーナーで建築家の能作淳平さんにお話を伺いました。今回はその前編です。
能作 淳平さん
富士見台トンネル オーナー
1983年富山県生まれ。建築家、ノウサク ジュンペイ アーキテクツ代表。2016年のヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展では、日本館出展作家として審査員特別賞を受賞。クラウドファンディングで資金を募り、2019年に「富士見台トンネル」を開業する。現在は建築事務所を兼ねた店内でパソコン作業や会議をしつつ、店頭で出店者や来店客とコミュニケーションを重ねる。
団地の商店街の一角に、ビブグルマン獲得の店も出現
富士見台トンネルは、どのようなお店ですか?
能作:建築家の僕の設計事務所を兼ねた、会員制のシェア型商店です。もともと住んでいた国立富士見台団地(東京都国立市)の商店街に、2019年11月にオープンしました。店内にはキッチンがあり、会員になると間借りして店を開くことができます(年会費1万円、利用料1時間約1,500〜2,000円)。チャイスタンドや創作おはぎ、中東の焼き菓子クナーファや中華おこわの専門店など、個性的な店を中心に約30店舗が会員登録していて、月に15から20店舗が日替わりで営業しています。
みなさん、どんな目的で出店しているのでしょうか。
能作:働き方の一つとしてさまざまなシェアスペースを利用している人、副業を持ちたい人、趣味の延長と、いろいろなタイプの人がいます。別に実店舗を持つ会員もいて、なかにはミシュランのビブグルマンを獲得したおそば屋さんも。すでに自分のブランドを確立している店は、普段できない業態や新メニューを試す実験の場として使うパターンも多いですね。少ない費用でリスクを負わずに試せるメリットに、みなさんが気づき始めている感じがします。
店のスタートアップや、リブランディングの機会にもなっています。出店希望者とは最初に面談をしますが、僕はなんでも面白がっちゃうタイプということもあって、どのようにお店づくりをするか迷っている方には、店名やロゴ、メニューや商品の見せ方など、いろいろ提案してみます。単なる場所貸しではなく、やりたいことを一緒に考えていく場になっていますね。面談では、オールマイティーなものではなく、本当に出したいものだけを提供すべき、というアドバイスもします。そこで、みなさんに自分の店の魅力や特徴を再認識してもらう。どうしても必要以上にメニューを増やしたり、価格を下げたりしようと考えがちなんです。
利害関係なくただ一緒の空間で働くことは、互いの学びになる
能作さんの客観的な視点は、ほかにどのような効果を生んでいますか?
能作:店を開く会員とお客さんのほかに第三者の僕がいることで、普通の店にはないコミュニケーションが生まれます。例えば、僕がメニューのおいしさをお客さんに伝えると、店主の営業トークとしてではなく、誰かのおすすめとして聞いてもらえるんです。会員との間にも店をこうしていこうというような会話が生まれやすく、店主とお客さん2者だけの関係よりも議論に広がりが出ます。いろいろな関係性を作るには、もっといろいろな立場の人がいたほうがいいなと感じてからは、会員の一人にマネージャーをお願いしました。会員同士の連絡係や広報の担当などをお任せしていて、僕はいま運営から少し離れたところで見守っています。
シェアという営業形態にされましたが、手応えはいかがでしょうか。
能作:手応えはありますよ。実は「富士見台トンネル」を開く前は、“シェア”って結構苦手だったんです。便利で経済的だし聞こえがいいですが、“間借り”という腰を据えない中途半端な印象がありました。でも実際にやってみると、利害関係なくただ一緒の空間で働くことで互いの学びになる、という協働のあり方を発見しました。
運営の立場の僕も、学ぶことがたくさんあります。例えば、出店者の創作おはぎ屋さんに僕から新作を提案できるほど、おはぎに詳しくなりました。オペレーションも見ているので、和菓子店の建築を依頼されても、自分がお店に立っていることを想像しながら設計することができます。能動的に学ぼうとするより、隣で日々おはぎを食べることのほうが大事、という風に。自分一人だと到達できない創造ができて、シェアってクリエイティブだなと思いました。それがシェアの一番面白いところだなと考えていますね。自然と互いのことを学べるメリットは、出店者のみなさんも感じていると思います。
シェアには、思いがけないメリットもあったのですね。
能作:シェアのおかげで、僕がもし飲食店を開くことになっても、やれる気がしているんですよね。自分があちら側に行けるかもしれないと想像することって、人生で大事なことだと思うんです。世の中、自分は会社員だ、父親だと、職業や立場というものに固定されがちです。でもそれをちょっとずらすことで生まれる面白さというものがあって、人生や暮らしにも豊かさや奥行きが出ると思うんです。一つだけ置いた机にも、居合わせるだけで一体感が生まれ、いつか自分も出店者としてテーブルの向こう側に立つかもと想像させる狙いがあるんです。さらにその豊かさが、巡り巡って自分の本業にもクリエイティビティとして返ってくるなという気がしています。
聞き手 松本阿礼/取材・文 中村さやか/撮影 徳山喜行
〈後編に続く〉
※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.58掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年12月)のものです。
町野 公彦 駅消費研究センター センター長
1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。