栃木県大田原市で、高齢者の孤立支援から子どもや若者の居場所づくり、障がい者のグループホーム運営など、「ごちゃまぜの地域づくり」に取り組む「一般社団法人えんがお」。地域では、変化の兆しが見え始めています。支援の対象者にプレイヤーとして役割を担ってもらうことが重要だと話すのは、代表理事の濱野将行さん。駅消費研究センターでは多様な活動やそれぞれの事業の相乗効果、継続的に支援の輪を広げていくためのビジネスとしての視点などについて、濱野さんにお話を伺いました。今回はその後編です。
<前編はこちら>
濱野 将行さん
一般社団法人えんがお 代表理事
1991年栃木県生まれ。大学在学中から東日本大震災の復興支援活動や海外ボランティアに従事。大学卒業後は、介護老人保健施設で作業療法士として勤務しながら、高齢者の孤立支援に取り組み、2017年にえんがおを設立。地域の空き家を活用して、高齢者サロンや子ども向けスペース、地域食堂、シェアハウス、障がい者向けグループホームなどを運営している。世代や障がいの有無に関わらず、誰もが日常的に関われる「ごちゃまぜの地域づくり」を目指す。
自然に生まれた役割があらゆる世代の孤立をなくす
前編では、地域サロンなどの取り組みによって、高齢者や子どもたちに良い変化が表れているというお話を伺いました。運営にあたって工夫していること、意識していることはありますか。
濱野:基本的に私たちは、地域サロンにやって来る高齢者や障がい者、フリースクールの子どもたちのことを支援対象者とは考えていません。もしそう考えていたとしたら、手が回らなくなってこんなに活動を広げることはできなかったと思います。むしろ、私たちはコーディーネートに徹して、彼らにプレイヤーになってもらうことを意識しています。高齢者の方たちに料理を作ってもらったり、掃除をしてもらったりするわけです。
孤立しないためには居場所が必要で、人にとっての居場所というのは役割のことだと思っています。自分に何か役割があるとそこが居場所になって、孤立の予防と解消につながります。では、どうしたら役割が生まれるのか。高齢者同士だとなかなか役割は生まれづらいのですが、高齢者と小さい子どもが一緒にいると自然に役割が生まれます。例えば、普段はじっと座ってばかりいるおばあちゃんでも、赤ちゃんが一緒だと転ばないよう見守ってあげるようになったり、赤ちゃんのために立ち上がったり。いつも文句ばかり言っているおじいちゃんも、子どもがいると全く文句を言わなくなるというようなことが起こるんです。
高齢者と若者、高齢者と子ども、障がいのある人など、世代や立場を超えた関わりがあると自然に役割が生まれて、そこが居心地の良い場所になってくるんだと思います。高齢者を中心に多様な人を「ごちゃまぜ」に巻き込むことで、全ての世代の孤立が予防・解消されていくと考えています。
多様な人々が、プレイヤーとして支え合うということですね。運営側はコーディネートに徹するというお話もありましたが、スタッフは何人くらいいるのでしょうか。
濱野:えんがおの常勤スタッフは5人ですが、活動に参加したいという学生が全国から来てくれます。「えんがおサポーター」として登録し、日常的に運営に携わる人のほか、時間が空いたときだけ参加する人や単発で参加する人などを含めると、年間で延べ千人くらいになります。
なぜ、それほど多くの学生が集まるのでしょうか。
濱野:スタッフが楽しんで活動していることが伝わるからだと思います。たとえ誰かを幸せにできたとしても、スタッフが我慢をして苦しんでやっていたら意味がありません。だから、自分たちが楽しめるかどうかは、徹底的に考えます。また、楽しさを伝えるための発信にも力を入れています。SNSはもちろんですし、PR用のツールのデザインやメッセージの内容にも気を配っています。そしてもうひとつ大事なことは、スタッフが幸せでいるために活動をビジネスとして成立させ、きちんとした対価を得られるようにすることです。スタッフが幸せそうでなければ、次世代の担い手も生まれません。経営的に成り立つモデルでないと、誰もまねしてくれませんし、波及していきませんから。
活動をビジネスとして成立させていくために、どんな手法が有効ですか。
濱野:えんがおの活動では、さまざまな世代の人を巻き込むことを重視しています。それをビジネスとしてやっていくため、各世代向けの事業をつくってきました。まずは支援ではなく、事業で入り口をつくるという感じです。障がい者を巻き込みたいときは「障がいのある人も来てください」と言うのではなく、障がい者施設をつくってしまう。子どもたちを巻き込みたいと考えたとき「子ども歓迎」と言っても全然来てくれなかったのですが、学童保育を始めた途端、一気に親御さんの間で情報が広がって、学童のみならず地域食堂にも参加してくれるようになりました。入り口としての事業を立ち上げ、それぞれで収入を得ながら、各世代を混ぜていくというやり方です。
プラットフォームで活動を全国に広げ社会全体を変えていきたい
活動を始めてから7年目だそうですね。目指す理想的な地域コミュニティが着実に生まれてきているように思いますが、手応えはいかがですか。
濱野:あのおじいちゃんが笑顔になったとか、あの学生が良かったと言ってくれたなど、えんがおに関わる人たちが喜んでくれているのは実感していますし、その積み重ねが大事だと思っています。ただ、地域や周辺の人々の理解に変化が表れるには、10年、20年という長い時間が必要だと思います。発酵みたいなものですね。じっくり時間をかけて、少しずつ地域を良い方向に変えていくような感覚です。
では、今後についてはどのようにお考えですか。具体的な展望などがあれば、聞かせてください。
濱野:これからも地域に活動を浸透させていきつつ、今後は全国にも広げていきたいと考えています。えんがおのチェーン展開ということではなく、同じような活動をやりたい人々をオンライン上でつなげ、連携していくためのプラットフォームを作ったり、地域の居場所づくりに特化した創業支援プログラムなどを実施したりして、えんがおのような拠点を全国につくっていくということです。
2023年7月、えんがおは内閣官房の孤独・孤立対策担当室が実施する「孤独・孤立対策活動基盤整備モデル調査」の取組団体に選ばれ、それらの構想が具体的に動き出すことになりました。私たちがどんなにがんばっても、大田原の高齢者と若者と障がい者しか幸せにできません。別の地域で、新たにプレイヤーが1人2人と増えていき、10年後に50人に増えたなら、社会は変わっていくのではないかと思っています。
もうひとつの展望は、孤立対策に取り組むことです。今、孤立の予防はできているのですが、対策はあまりできていません。孤立している人たちは、やはり貧困とリンクしています。例えば、定期的に炊き出しをするなどして、そこに集まった人同士がつながるような仕組みをつくりたいです。そういうことを続けていくと、今後の日本が抱えるかもしれない貧困への対策にもなると思っています。
ただこれは、ビジネスにはなりません。ですから、寄付の割合も増やしていきたいと考えています。現在経営上では障がい福祉事業の占める割合が多いのですが、寄付の割合を増やしておけばいざという時のリスクを回避できます。何よりも、寄付が多いということは多くの人に応援されている団体であるということ。えんがおとしてもそんな組織を目指したいと、強く思っています。
聞き手 松本阿礼/取材・文 初瀬川ひろみ/写真提供 えんがお
〈完〉
※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.57掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年9月)のものです。
町野 公彦 駅消費研究センター センター長
1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。