京都の「今」を発信するメディア
『ENJOY KYOTO』がつなぐ、人と情報の輪
徳毛伸矢氏(株式会社T-STYLE 代表取締役社長)× 島野智宏(ジェイアール東日本企画)

中之島サロン VOL.18

世界有数の観光地である古都・京都。外国人旅行者に向けて京都の情報を発信するメディアは以前より多くありますが、ほんの10年前には定番の観光スポットを紹介するものが中心だったといいます。そんななか、2013年11月に創刊されたのが『ENJOY KYOTO』。英語で京都の生きた情報を発信する、他誌とは一線を画したメディアとして、奇数月に年6回ペースで刊行されています。※2021年3月より休刊

そこで今回は、『ENJOY KYOTO』の発起人である株式会社T-STYLEの代表取締役社長・徳毛伸矢氏のオフィスを、jeki関西支社京都支店の島野智宏が訪問しました。号を重ねるにつれ、京都で活躍する人々をつなぐハブのような存在になっていったという経緯について、お話を伺います。

京都の「今」を伝えるメディア

島野:まずは『ENJOY KYOTO』を始めたきっかけから教えてください。

徳毛:もともとインバウンドに携わる仕事をしていたのですが、当時は海外向けの媒体というと定番スポットを紹介するものばかりで、今の京都を伝えるものがなかったんです。そういう話をいろんな人と話していたら、お世話になっている方に「自分でやってみたら?」と背中を押されて。それで会社を辞めて、2013年の7月頃から準備を始めました。

島野:当時は「インバウンド」とか「オーバーツーリズム」とかいう言葉は……?

徳毛:まだ全然使われていなかったですね。創刊号は2013年の11月に発行したのですが、その前の9月に東京五輪の開催が決定したんです。そこから盛んに「インバウンド」という言葉が使われるようになっていった印象ですね。

普段から親交のある、徳毛氏と島野。このときもざっくばらんな会話で、笑い声があふれた

島野:いいタイミングだったんですね。たまたまですか?

徳毛:たまたまです(笑)。僕は商売をしたいというよりも、保存してもらえる読み物を作りたかったんですよ。創刊に向けていろいろなフリーペーパーを見たのですが、7〜8割は広告なんですね。もちろん収益を出すにはそれくらい必要なんですが、それではおもしろみに欠けるし、保存もしてもらいにくい。そこで、広告ページは5割に抑えて、記事ページが半分以上を占める読み物にしました。その割合は、今も変わっていません。

ほかの媒体ではなかった職人特集を

島野:なるほど、だから内容が濃いんですね。こうして過去号から見ていくと、当初は写真が多かったようですが、だんだんイラストも増えてきている印象を受けます。作り方はその時々で変えているのでしょうか?

徳毛:はい、ネイティブスピーカーの意見も聞きながら常に変えています。最初の頃は、伝統工芸の職人さんの紹介がメインでした。ほかの媒体だと伝統工芸の職人さんがたった1ページで紹介されているところを、僕らは1号まるまる、6ページ割いてしまう。人となりから始めて、歴史を紹介して……ということをやっていました。
その後はワンテーマで特集を組むようになって。学び特集だったり動物特集だったりと、毎回コロコロ変えています。

事務所の壁には、創刊から現在に至るまでのすべての号が掲示されている

島野:コロナ禍の影響はありますか?

徳毛:最近のものは、インバウンド向けから日本在住の外国人の方に向けたコンテンツに切り替えました。これが好評なようで、配布場所に行ってみると全部なくなっていることが多いです。意外と日本人の方も読んでくれているのかもしれません。

気鋭のデザイナーと由緒ある寺院との出会い

島野:テーマはどうやって決めているんですか?

徳毛:制作するメンバーが各々のアイデアを持ち寄り、話し合って決めています。僕の意見はほぼ通りません(笑)。

島野:えっ(笑)。でも編集長なんですよね?

徳毛:立場としては社長ですが、僕はクリエイターではないので。プロフェッショナルの意見を尊重しています。

京都生まれ・京都育ちの徳毛氏。現在経営者として活躍している学生時代からの友人も多いという

島野:何人くらいで制作しているんですか?

徳毛:毎回8人くらいですね。案件ごとにフリーランスのメンバーを集めて制作しています。その道のプロが集まるのでやりやすいですよ。あとは『ENJOY KYOTO』をきっかけにつながってくれる方々もいて、それはすごくうれしいですね。新しいチャレンジにつながったこともありました。

島野:たとえばどんな?

徳毛:過去に、シューズデザイナーである串野真也さんの特集を組んだことがあります。すごい人気のアーティストで、レディ・ガガの靴も制作したことがあるんですよ。特集したのは2015年なので、それよりもだいぶ前なんですけど。
取材の依頼に行ったときは、伊藤若冲(※)からインスピレーションを受けた靴を作っているところだったんです。それで「本物の伊藤若冲の掛け軸と撮影がしたいんです」と言われて。僕は両足院の副住職である伊藤東凌さんと親しくしていたので、すぐにお願いに行きました。でも、優しく指摘をされてしまって(笑)。
※伊藤若冲=1716-1800(正徳6年-寛政12年)。江戸時代の中後期に、京都で活躍した画家。動植物を細密に描く、独特の画風で知られる。

島野:やっぱり難しいんですね。

徳毛:本物の掛け軸は博物館で保管されているんですけど、写真撮影のライティングだけでもどんな影響が出るかわからないというお話でした。なので串野さんに「レプリカやったらあかん?」って聞いたんですけど、やっぱり本物がいいと言う。それで、一緒に両足院に伺ったんですね。そうしたら、串野さんと東凌さんがすごく意気投合してくれて。串野さんが「何百年も前の伊藤若冲にインスピレーションを受けて、この作品を作りました。今回の出会いをきっかけに、僕らで何百年後に残るものを一緒に作りませんか?」と言ったんです。東凌さんも、その言葉に頷いてくださいました。

島野:すごいお話ですね。

徳毛:せっかく本物を撮影させていただけたので、このときはポスターにして中に折り込んでいます。

中学・高校では英語教材にも

島野:最近では京都外国語大学とのコラボレーションで、SDGsの特集も組まれていましたよね。それはどういったきっかけで始まったんですか?

徳毛:何年か前にコラボレーションしたいというオファーがあって、年に2回、『ENJOY KYOTO』の1ページを学生と一緒に作ることにしました。取材先の選定や翻訳などもすべて一緒にやるということを、今も続けています。ただこの特集号はまた別で、国際観光学部から声をかけていただきました。

<>
「古都で持続可能性を推進していくには」をテーマに、京都外国語大学の学生とENJOY KYOTO編集部が協力して特集号を発行。ゴミの出ないスーパーマーケットや有機農業家、ホテル業界など、京都とその近隣地域でSDGsに取り組む人々に、学生が取材を行った。編集部とともに作り上げた記事は日本人にとっても興味深く、新しい知見にあふれている。

島野:そうだったんですね。オファーは大学から直接?

徳毛:いえ、新聞社からの紹介でしたね。その新聞社の方が教えてくださったのですが、『ENJOY KYOTO』は高校の英語の授業でもよく使っていただいているそうです。

島野:「質の高い教育をみんなに」というSDGsの目標のひとつに、『ENJOY KYOTO』も貢献しているということですね。

徳毛:あ、ほんとだ(笑)。京都以外の中学校や高校から「送ってほしい」という電話がかかってくることもあるんですよ。熊本の高校では、修学旅行の事前授業の教材にしてもらっているみたいです。

島野:いろんなところで読まれているんですね。今後、電子化する予定はあるんですか?

徳毛:それもありだと思いますし、ウェブサイトをもっと充実させるつもりではあるんですが……僕としては、最後に残るのは紙だと思っているんです。浮世絵が海外で流行ったのは、陶磁器を輸出するときの緩衝材として使われていたからという話もありますし。データは消えたら終わりですが、昔から残っている紙ってたくさんありますから。

この土地で、人と情報のハブになる

島野:『ENJOY KYOTO』をきっかけに始まったお仕事もあるのでしょうか?

徳毛:先ほどもお話ししたように伝統工芸を取材することが多かったので、百貨店の伝統工芸のイベントを企画してほしいと頼まれたりします。あとはここに載っているイラストを見て、「こういうのを描いてほしい」というお話があったり。もうすぐ10年目になりますが、「こんなんできる?」と声をかけられることは徐々に増えてきていますね。

島野:そうやって輪が広がっていくんですね。

徳毛:創刊したときには、僕も今のようになるとは想像していませんでした。広告もどれだけ効果があるのかわかりませんでしたし。でも百貨店のインバウンド事業を紹介したりしていると、それを見た別の百貨店さんが声をかけてくださったりするんですよ。そうやって順番に巡っていくものなのかもしれません。

島野:そういう広がり方も、京都ならではなのでしょうか?

徳毛:どうなんでしょうね? ただ『ENJOY KYOTO』と同じことを別の都市でできるかと言われたら、自信はありません。実際に他県から依頼を受けたこともあったんですが、断念しました。京都に住んでいるからかもしれませんが、京都独自の魅力だからこそできていることだと思うんです。

島野:京都のようにおもしろい特集が組める土地はほかにもありそうですが、難しいんですね。

徳毛:僕にとってはそうですね。京都はありがたい場所だと感じます。たとえば音楽特集をしたときには、建仁寺の塔頭・正伝永源院の副住職である真神啓仁さんにお願いして、境内でギターを撮影させていただいたんですよ。そういうことができるのも、人とつながりやすい京都だからだと感じています。

島野:それもまたすごいつながりですね(笑)。

徳毛:そのつながりをもっと仕事につなげていかないといけないのかもしれませんが、あんまり儲けたいっていう気持ちがなくて。どっちかというと、人や情報のハブになっていたいんですよね。だからおもしろそうな情報があったらほじくってみたい。そういう思いをずっと抱いています。

島野:そういういい意味での欲のなさが、徳毛さんの周りに人が集まってくる理由なのかもしれませんね。

jeki関西支社ではnoteを始めました
jeki関西支社では、関西エリアを中心としたビジネストピックスを、支社独自の視点で解釈し、みなさんと共有するnote「Social With by jeki関西支社」を始めました。ビジネスヒントの探求に、仕事の息抜きに、「恵比寿発、」と合わせご覧ください。
Social With by jeki関西支社 https://note.com/jeki_kansai

島野 智宏
関西支社京都支店
広告会社から保険会社のフルコミッション営業を経て、2020年ジェイアール東日本企画入社。京都の観光案件を中心に関西エリアの自治体案件、エンタメ系クライアントを担当。

徳毛 伸矢
生年月日:1981年7月18日生まれ 40歳
出身地:京都市
趣味:スポーツ観戦・ゴルフ
関西の大学を卒業後、営業職を中心に会社勤めをし2013年7月に株式会社T-STYLEを設立。同年11月に外国人旅行者向けフリーペーパー『ENJOY KYOTO』を創刊。

中之島サロン VOL.14

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

>記事一覧はこちら

>記事一覧はこちら