JR東日本×jekiが展開するベビーカーレンタルサービス「ベビカル」
子育て世代の「外出支援プラットフォーム」が快適な社会をつくる

新規事業開発

写真右:JR東日本 事業創造本部 新事業創造部門 新領域UT(ON1000・STATIONWORK)マネージャー 菊池 康孝 氏
写真左:ジェイアール東日本企画 デジタル本部 jeki-X 部長 森 祐介

お出かけ先で駅を中心にベビーカーがレンタルできる「ベビカル」。2021年4月にサービスインした本事業の起点となったのは、「小さな子どもと公共交通機関を使ってお出かけするのは大変」というjeki社員の妻がつぶやいた一言でした。

「ベビカル」の発案者であり、新規事業の創出、推進に取り組んでいるジェイアール東日本企画(jeki) デジタル本部jeki-X部長の森 祐介、JR東日本 事業創造本部 新事業創造部門 新領域UTマネージャーの菊池康孝氏に、事業化の経緯から今後の展望までを聞きました。

予約ができる、外出先でのベビーカーレンタルサービス「ベビカル」

ーー「ベビカル」とはどのようなサービスなのでしょうか。

森:「ベビカル」は、外出先でベビーカーをレンタルできるサービスで、①Webサイトで予約・決済ができること、②利用場所の制限がなく、施設外に持ち出せること、③最大7日間レンタルできること、が大きな特徴です。特に②は既存のサービスにはない特徴で、実証実験を行った立川市でも、「借りたまま異なる商業施設を巡ったり、公園に行ったりすることができる」と大変好評でした。エリア内での回遊にはもちろん、最大7日間ご利用になれるので、エリアをまたいで帰省や旅行など幅広い目的でご利用いただけます。

ーー事業主体はJR東日本とjekiの両社ということですが。

森:事業主体はJR東日本とjeki共同で組成したJREベビーカーシェアリング有限責任事業組合(LLP)です。その事務局をjekiデジタル本部 jeki-X内に設置しており、サービス運営、お客様対応、設置加盟店の営業、事務作業に至るまで、あらゆる事業活動を行っています。

菊池:LLPという形態は、JR東日本とjekiが共同で事業を推進でき、駅など鉄道関連施設を利用した事業を進めやすいというメリットがあります。その中で、私は事業可能性についての検証・判断および、JR東日本側への橋渡しや調整などを担当しています。

未知の事業領域で社会的課題を解決する”新事業”として採択

ーー「ベビカル」の事業化は、JR東日本グループの新事業創造プログラム「ON1000(オンセン)」へのエントリーがきっかけだと伺いました。どのような経緯で採択され、事業化に至ったのでしょうか。

森:もともとのビジネスアイデアは、私の妻が温めていたものなんです。あるとき「鉄道会社に必要なのは、ベビーカーレンタルのような、本当にお客さまが必要としているサービス」と熱弁されまして。当時、「ON1000」にエントリーしようと別の企画を考えていたのですが、妻のアイデアをベースにした企画も応募したんです。

菊池:森さんが応募されたのは2018年ですよね。「ON1000」は、JR東日本の発足30周年を記念して開始された社員による新事業創造プログラムで、今年で4年目になります。社員のアイデアを起点に未知の事業領域に取り組み、既存の延長線上にない成長を促すマイクロカンパニーの継続的な創出につなげることを目的に開始されたプログラムです。”温泉”のように熱い思い、湧き続けるアイデア、多数のチャレンジなどのイメージで名付けられました。

「ON 1000」特設サイト

初年度で1051件、累計で2,500件を超えるアイデアのエントリーがあり、その中から「ベビカル」を含む3つの企画を2018年度採択プログラムとして事業化し、2021年4月から市場に展開しています。「生活者の困りごと=社会的課題」と捉え、その解決を事業化の命題の一つとして掲げており、「ベビカル」の選定ポイントにもなりました。

森:私も事業化を通じて、「社会的課題の解決」が事業の大きな目的であることを改めて実感しました。小さな子どもと一緒にお出かけされる方には切実な「課題=ニーズ」があっても、既存のサービスでは満たされていない。たとえば、「エレベーターなど乗換えが大変」「荷物が重い」「商業施設などベビーカーレンタルはあっても施設の外に持ち出せない」など、私自身の経験を思い返しても、大変なことは本当に多かったんです。ただ、私もそうでしたが、当事者は子どもが成長してしまうと、その切実感を忘れてしまう。そこで、「ベビカル」の事業化を通じて、子育て世代特有の課題を顕在化し解決できれば、サービスとしての対価をいただけるだけでなく、「子育て世代の支援」という社会的課題にも貢献できると考えるようになりました。

事業化検証とヒアリングから「事業可能性と提供価値」を見極める

ーー採択された後は、どのようにして事業化が進められていったのでしょうか。

菊池:2段階に分けて事業化検証を行いました。まず、本当にニーズがあるのか実感を得るため、JR立川駅で無償貸出を行い、アンケート調査を実施しました。次に、有償でも利用されるのかを検証するため、東京駅、品川駅、上野駅、新宿駅などで有償貸出を行いました。

森:当初は検証を経て、2020年に事業開始の予定でしたが、コロナ禍で路線変更するところも出てきました。特に大きく変わったのは、無人でのサービス提供が選択肢として出てきたことです。当初は観光案内所や商業施設のインフォメーションなどで借りることを想定し、事業化検証も有人で行ったのですが、コロナ禍もあり無人対応も考えてみようということになり、システムを含めて再検討することになりました。ベビーカーを格納する筐体の制作、オペレーションの流れ、エラーや障害への対応など考えるべきことは多岐にわたり、約1年間かかりました。

菊池:いつでもどこでもレンタルできることが事業ネットワーク形成上必要ですが、有人サービスの場合、設置場所が限られるなどの懸念がありました。しかし、無人という選択肢が出てきたことで、その可能性は格段に広がりました。

森:菊池さんがビジネスとしての検証と意思決定をされる一方で、私が一番意識したのが利用者への提供価値です。設置場所が増えても使い勝手が悪ければ利用していただけない。一方、どんなにいいサービスでも設置場所が限定的なら利用は広がらない。できるだけ多くの方に快適にご利用いただくため、そのバランスを見極める必要があります。
有人には有人ならではの安心感やきめ細かいサービスもあるはずなので、当面は設置場所に応じて選択することにしています。

既存事業とのシナジー効果やプラットフォーム化に期待

ーー4月22日にサービスを開始しましたが、「ベビカル」への反応はいかがですか。

森:サービス開始直後に緊急事態宣言が発出されたこともあり、フル営業はできていない状況ですが、現在有人・無人合わせて29拠点となり、お客さまは着実に増えてSNSでも拡散されるなど、滑り出しとしては悪くないと感じています。また、設置について様々な業種の方から問い合わせが来ていたり、お客さまからも乗り捨てサービスや定額制などの要望があがっており、今後のサービス改善につなげていきたいと思っています。

※駅構内での「ベビカル」サービス

菊池:JR東日本としては、未知の領域での事業収益化という目的もさることながら、既存事業へのシナジー効果について期待しているところです。もともと子育て世代は、車での移動が増えて駅離れ、鉄道離れの傾向があり、それ以降の当社との関わりが減少するという問題がありました。しかし、「ベビカル」によって鉄道での外出がしやすくなることで、鉄道はもちろん駅ビル施設などを利用する機会が増えることになるでしょう。子育ての時期に「ベビカル」によって駅や鉄道と関係が継続されることで、既存事業および、そのライフタイムバリューにもプラスの効果が得られると考えています。

ーー広告会社であるjekiが取り組む意義とは、どういったところにあるんでしょうか。

森:jekiとしても、広告会社としての単独の活動を考えると、従来型のメディア営業はコモディティ化し、デジタル領域では競争の激化が進んでいくことは間違いありません。そうした中で、企業価値を高めていくには、差別化として他社との共創、新たな事業領域への参入が不可欠であり、JR東日本グループの一員であることは大きな強みと考えています。今回のようにJR東日本と連携することで、他の広告会社には真似できない新しい提供価値が生まれると考えています。

そう考えると、ベビーカーのレンタル事業だけでなく、「子育て世代の外出における課題」をJR東日本グループのリソースや知見を得て解決するという価値創出の在り方が見えてきます。そして、将来的には、「共創型プラットフォーム」として発展させ、顧客企業やパートナー企業が参加できる場として提供することで、jekiの存在価値を高められると考えています。またその「共創型プラットフォーム」をメディア化していくことで、既存の広告事業へも相乗効果があると思っています。

多彩なステークホルダーと連携し「子育て世代の外出」を支援する

ーー今後の事業の展望について教えてください。

森:長期的な目標として、様々なサービスをプラットフォーム上に付加していきたいと考えていますが、魅力を感じてもらうには、拠点数を増やしてネットワークを拡充することが第一ステップだと思います。設置場所によって異なる課題もあるはずなので、それらを共有しつつ、新たなサービスの提供などを通じて課題解決にも貢献できればと考えています。

菊池:鉄道会社としては、「ベビカル」が様々な駅で利用できるようになり、子育て世代でも駅や鉄道を利用した外出が快適にできるようになってほしいと思っています。そして、鉄道を使う人が街とつながり、様々な場所を利用いただけるようになることを期待しています。そのつなぎ役としてJRE POINTなど当社のデータと連携し、購買履歴が活用できれば、利用者向けに最適化された情報提供やクーポン配布など、様々なDX施策が可能になると考えています。

森:いいですね。JRE POINTが貯まる、使えることに加え、定期券をお持ちの方向けのサブスクリプションサービスや購買履歴に基づいて、近くのJR東日本グループ施設の広告やクーポンを受け取ってのお買い物、JRE MALLとの連携…、というように外出が快適かつ楽しくできるような可能性が検討できます。現在は、CSRやSDGs的な文脈で「子育て支援」への貢献としてご協力いただいている事業者さまが多いので、そこに上記のようなデータ連携ができれば、買い回りやお出かけの行動がひも付き、送客にもつながると思います。

※JRE POINTアプリ:https://www.jrepoint.jp/point/app/

菊池:そうした”お出かけ支援”が、あらゆる施設やお店で、街ぐるみでできるようになることを願っています。そのためにも、魅力的なプラットフォームとして賛同いただける仲間を増やしていきたいですね。それについても、jekiはあらゆる業界や事業会社とのつながりがあり、橋渡し役としても大変期待しています。

森:はい、多くの事業者さまに参加いただけるよう、活動を行ってまいります。引き続きどうぞよろしくお願いいたします。

ーー「ベビカル」のこれからの展開を楽しみにしています。本日はありがとうございました。

森 祐介
デジタル本部 jeki-X 部長
2002年入社。プロモーション局を経て、営業局にて不動産会社を担当。2021年1月から新設されたデジタル本部 jeki-Xにて、従来の広告ビジネスに捕らわれない、新規事業の企画推進に取り組む。

菊池 康孝
JR東日本 事業創造本部 新事業創造部門
新領域UT(ON1000・STATIONWORK)マネージャー
東日本旅客鉄道株式会社(JR東日本)に新卒入社後、駅ビルショッピングセンターのフロア運営、テナントリーシング業務を経験。その後、中央線の三鷹~立川新規高架下一体開発プロジェクトにて駅ビル開発や沿線開発事業に携わる。2018年、現在の所属部署である事業創造本部にて、社員による新事業開発プログラム「ON1000(オンセン)」を企画立案し、スタート。プログラムの実施、制度設計、推進体制整備に取り組むほか、JR東日本の実際の新規事業の企画・推進を実施している。

上記ライター森 祐介
(jeki-X 部長)の記事

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