ベビーカーレンタルの枠を超えて「ベビカル」がつなぐ、子育てに優しいまちづくり
大阪・堺市の泉北ニュータウン地域の新たな挑戦

新規事業開発 VOL.4

写真右から
堺市 泉北ニューデザイン推進室 スマートシティ担当 久保 徳章氏
南海電気鉄道株式会社 まちづくりグループ まち共創本部 泉北事業部 課長補佐 辰巳砂 悦子氏
株式会社ジェイアール東日本企画 jeki-X 部長 森 祐介
堺市 PR担当 ハニワ部長

予約ができる、外出先でのベビーカーレンタルサービス「ベビカル」。2021年4月にサービスを開始して以来、全国的に導入が広がっています。2023年10月1日には堺市の泉北ニュータウン地域(※1)でサービスがスタート。設置150ヶ所を達成しました。

泉北ニュータウンは、大阪府南部に位置し、大阪の都心部から電車で20分ほどの好立地にありながら、豊かな自然に囲まれた西日本でも最大規模のニュータウンです。
子育て世代に魅力的な条件がそろっている一方、1967年のまちびらきから60年近くが経過し、日本各地のニュータウン同様に高齢化や住宅の老朽化といった課題が存在しています。

今回は、そんな課題を抱えつつも「子育てに優しい」まちづくりを積極的に進める堺市と、住み心地の良い沿線づくりプロジェクトを次々と打ち出す南海電鉄、そして「ベビカル」を通した地域活性を視野に入れるジェイアール東日本企画(jeki)の三者対談を実施。
「ベビカル」導入で期待する未来を語りました。

※1:設置場所は、泉北高速鉄道「泉ケ丘駅」「光明池駅」の各改札、「堺市立ビッグバン」のインフォメーション

子育て世代に向けたブランディング戦略

今回、堺市と南海電鉄において「ベビカル」の導入に至った経緯を教えてください。

森:堺市の東京事務所の方から、「新聞に掲載されている『ベビカル』の記事を見たんですが」と、お問い合わせをいただいたのがはじまりです。早速、事務所にお邪魔して説明させていただきました。堺市で導入するなら、世界文化遺産である仁徳天皇陵古墳エリアでの観光向けか、スマートシティ戦略を進めている泉北ニュータウンでの地元沿線住民活用かといった感じで話は進みました。

久保:ようやくインバウンドも戻ってきたので、観光地にも注力したいところだったのですが、古墳エリアは現場のオペレーションの関係もあり、もう少し時間をかけて検討する余地があったので一旦保留に。まずは泉北ニュータウン地域での導入を決めました。

森:現在、「ベビカル」利用者の約8%は海外からの旅行者です。まだ完全にインバウンドが戻っていない状況下でその数字なので、今後まだまだ増えていくと見込んでいます。
「ベビカル」はあまり大々的な広告を打っていないのですが、利用者の口コミで入会が急に増えることがあります。先日、海外のインフルエンサーが観光で日本を訪れ、「ベビカル」の利用をSNSで発信いただいたところ、申し込みが急増したケースがありました。

辰巳砂:堺やその周辺地域も、大阪・関西万博に向けてさらにインバウンドの増加は期待できるので、「ベビカル」増設の可能性も広がりますね。

ベビーカーレンタルサービス「ベビカル」。
大阪府堺市、泉北ニュータウンにある泉北高速鉄道泉ケ丘駅・光明池駅および、堺市立ビッグバンに設置されている。

どういった課題解決を見込んで導入を決めたのでしょうか。

久保:どちらかと言うと、魅力創出の意味合いが強いです。子どもと一緒に移動しやすいまち=子育てに優しいまちづくりの一環としてです。
泉北ニュータウンは坂道が多いのですが、南海バスのおかげで路線バスが充実していてバス利用者が多い。また、自転車で駅まで行かれる方も多い。いずれにせよ、かさばるベビーカーを持ち運ぶよりも、出かけた先で借りて、さっと移動できる方が、市民の利便性や周遊性が高まるのではないかと考えています。

辰巳砂:泉北ニュータウン地域は、「ベビカル」に向いているエリアってことですね。確かに、ベビーカー自体が荷物になることってありますし、急な坂道を重たいベビーカーを押して歩くのはとても大変です。

「泉北はスマートシティ戦略を進めている」というお話がありましたが、「ベビカル」の導入はどう関係するのでしょうか?

久保:「堺スマートシティ戦略」というもので、2021年よりはじまった新たな施策です。モビリティ(移動)、ヘルスケア、リモートワーク、エネルギー、コミュニティの5分野で進めていて、モビリティ分野は子育て世代にも関係します。

例えば、シェアリングモビリティやAIオンデマンドバスなどの手段を使って自分の生活圏内を今よりも自由に、便利に移動できるようになると、それだけでも、子育て世代にとって住みやすいまちになります。特に、泉北ニュータウン地域を、スマートシティ戦略の重点地域に位置付け、「SENBOKUスマートシティ構想」というものを打ち立て取り組みを進めています。2025年の大阪・関西万博をマイルストーンに、実用化できるサービスを少しでも増やしたいという思いがあったので、「ベビカル」を泉北エリアに導入できたことは、我々の施策に合致したという感じです。

「子育てに優しい」を意識したまちづくり

泉北ニュータウンは、今も子育て世代に人気のあるまち、とのことですが、都心部からの好アクセスのほかに、どんな魅力があげられますか?

久保:昔からずっと変わらないのは、豊かな自然と便利な暮らしが整い、「子育てのしやすさ」を意識した取り組みを行っていることです。

泉北ニュータウンは、16住区に分かれていますが、1住区ごとに公園や保育所、小学校などがあり、周辺の住宅地と保育所、学校、公園と駅をつなぐ緑あふれる歩行空間「緑道(りょくどう)」を整備。車は通れない道なので、子どもたちは安心して通学できます。泉北ニュータウン周辺の谷地には美しい棚田が広がり、農業も盛んです。四季折々に変化する樹々や虫の鳴く声が日常にあふれ、彩りに満ちた生活を送ることができます。

泉北高速鉄道、泉ケ丘駅から徒歩5分に位置する堺市立ビックバン。
作る、学ぶ、体を動かす、「楽しい」が体験できる文化創造施設。子どもに人気の巨大ジャングルジム「遊具の塔」をはじめ、小さな子どもも安心して楽しめる「あかちゃん広場」や「えほん広場」などがあり、年齢や興味によって、さまざまな遊び方ができる。

ニーズに合わせた住宅供給が急務

魅力ある生活環境が整っていますが、現在抱えている課題はどこにあるのでしょうか。

久保:日本全体の課題であり、多くのニュータウンが抱えている問題ではありますが、泉北ニュータウン地域も高齢化と人口減少に苦慮しています。
当時移住してきた団塊の世代の子どもたちが、進学・就職・結婚などで外に出て戻ってこないケースが少なくありません。一方で、逆に外に出たことで「やっぱり泉北は住みやすい」と戻ってくるパターンもあります。

辰巳砂:せっかく「戻りたい!」と思っても、実は住宅が不足しているので、泣く泣く諦める人も多いんです。泉北ニュータウンの戸建ては7、80坪ほどの大きな家が多く、若者には広すぎたり、高価だったり。今後は、若い世代や移住希望者のニーズにマッチした住宅供給ができればと考えています(2024年、栂・美木多地区に待望の分譲マンションが建設予定)。

久保:現在、大阪府やUR都市機構、大阪府住宅供給公社と「泉北ニュータウン公的賃貸住宅再生計画」を進めています。
老朽化した集合住宅を建て替えることはもちろん、既存住宅を活用して、例えば、若い世代のニーズに合うような魅力ある居住空間に生まれ変わらせたり、子育てしやすいコミュニティやサービス拠点をつくったりなど、さまざまな方向から取り組みを進めています。

住宅を集約することで、活用地が何ヶ所もできるので、そういった貴重な土地を商業地や住宅地などに開発する計画も進んでいて、早いものでは令和5年度以降に公募がはじまります。

なお、泉北エリアには高校や大学も多く、大学は現在3校ありますが、2025年には近畿大学医学部と近畿大学病院が移転予定です。かなり多くの交流人口が望めますし、まちが変わるタイミングになるのではと感じています。

住みよい沿線づくりの実現に、果敢に挑む

鉄道事業者の多くは、沿線の活性化をテーマに沿線の価値づくりのための様々な取り組みを行っています。南海電鉄ではどのような取り組みをされていますか?

辰巳砂:まさに、私たちも沿線価値向上に最も力を入れており、関係人口や定住人口の増加を最終目標にしています。なかでも、子育て世代に向けて「家族にえがお+1(ぷらすわん)」をテーマに、南海電鉄の沿線価値向上プロジェクト専用サイト「なんかいくらし」を運用したり、子育て世代に向けた沿線の体験イベントをほかの自治体や企業とコラボして実施したりしています。

つまり、「南海沿線って、子ども向けにおもしろい取り組みをやっているね」、と思っていただけるようなことを発信しています。なかでも、「選ばれる沿線づくり」の大きな柱の一つとして、泉北ニュータウンは難波エリアの次に力を入れています。

今回の「ベビカル」導入にあわせてキャンペーンを展開するそうですが、どういう内容でしょうか?

辰巳砂:「子育てするなら大阪の堺市泉北エリア!」と銘打った、泉北エリアの子育てを応援するキャンペーンです。泉北高速鉄道のキャラクター「せんぼくん」と堺市のPR担当「ハニワ部長」にも協力してもらい、一丸となって「ベビカル」の利用を広めていきます。

さまざまなプレゼント企画を考えていて、当社が開発したヘルスケアアプリ「へるすまーと泉北(略称:へるすま)※2」内で、「ベビカル」クーポン650円分を全員にプレゼント。
抽選でのプレゼントとしては、全国的に人気の高い、南海電鉄の空港特急「ラピート」グッズや、堺市の伝統工芸品、「せんぼくん」のノベルティなどを予定しています。
そのほか、「へるすま」500ポイント分で、大型児童施設「堺市立ビッグバン」の子どもの入場料1名分が無料になるキャンペーンも行っています。

※2:歩くとポイントが貯まるアプリで、誰でも登録・利用無料。ポイントは、泉北の一部商業施設や飲食店、泉北エリアを発地とした泉北高速鉄道・南海電鉄の乗車券として利用できる(歩いて貯めた健康ポイントで電車に乗れるのは全国初!)。泉北エリア在住者や通勤通学などで頻繁に利用する人にお得。

「ベビカル」とともに、地域活性の可能性

森:「ベビカル」は、単なるベビーカーのレンタルサービスではなく、「子どもと過ごす体験価値を提供するサービス」だと捉えています。今後、さまざまな自治体や鉄道事業者などと協力し、利用者のデータなども分析しながら、地域活性や観光促進につなげていきたいという思いがあります。

そういった点で、今回の取り組みを全国に広げていけるといいですね。全国の「ベビカル」利用者を対象に、抽選で堺市や南海電鉄のグッズがあたるキャンペーンを実施して、堺市との関係人口を増やしていくなど、私たちができることはまだまだあると考えています。

久保:関係人口が定住人口につながるような切り口というのは、興味深いですね。
私たち堺市としても、今住んでいる市民のみなさんにとっては、もっと住みやすく、ずっと長く住みたいと思えるようなまちに、また、市外の方からは、「住むなら堺、泉北」と選ばれるようなエリアになることを目指して、新しい切り口や技術、アイデア、サービスを使って挑戦を続けていきたいと思います。

辰巳砂:泉北はポテンシャルの高いエリアだと思います。ピーク時に比べると人口は減少傾向ですが、立地が良く広大な面積を持ち、人口規模も大きい。これからまだまだ変革していける未来を感じています。鉄道事業者として、これからも沿線住民が求めるまち、そして選ばれる沿線づくりのため、おもしろい仕掛けをどんどんやっていきます。

ハニワ部長:貿易都市として栄えた堺では、「ものの始まりなんでも堺」と、昔からよく言われます。堺は、新しいことに積極的に取り組んでいくまちです。「ベビカル」をきっかけに全国の利用者の方に堺の魅力や住みやすさを知っていただき、さらに選ばれるまちになっていければと思っています。堺のPR部長として、私も発信を続けていきます!

本日はありがとうございました。

森 祐介
jeki-X 部長
2002年入社。プロモーション局を経て、営業局にて不動産会社を担当。2021年1月から新設されたデジタル本部 jeki-Xにて、従来の広告ビジネスにとらわれない、新規事業の企画推進に取り組む。

久保 徳章
堺市 泉北ニューデザイン推進室 スマートシティ担当
2009年入庁。人事部、政策企画部を経て、2021年4月に新設された泉北ニューデザイン推進室スマートシティ担当にて、ICT等の先端技術を活用し、地域課題の解決と都市魅力の向上をめざすスマートシティの推進に取り組む。

辰巳砂 悦子
南海電気鉄道株式会社 まちづくりグループ まち共創本部 泉北事業部 課長補佐
2009年入社。システム子会社への出向を経て、なんばパークスの10周年リニューアルを担当。5階フロアマネージャーとして子育て世代に愛されるフロアの土台を築く。
2019年8月から泉北事業部にて、泉ヶ丘エリアのエリアマネジメントやスマートシティの推進に取り組む。

ハニワ部長
堺市 市長直轄特命部長
年齢約1600歳、独身。おしゃべりな性格で、「土器土器(ドキドキ)します」などが口癖。
平成26年に突如「ハニワ課長」として現れ、堺市役所に勤める公務員だと思い込み、百舌鳥・古市古墳群のPRに励む。
令和元年8月28日(ハニワの日)にこれまでの功績が認められ「ハニワ部長」に昇任。
令和2年8月に、「市長直轄 特命部長」となり、市全般のPRを担当することになる。

上記ライター森 祐介
(jeki-X 部長)の記事

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