「誰かのやってみたい」を応援する彩結びのコミュニティづくり<後編>
〜住まう人同士をつなぎ、住まう人とまちをつなぐ〜

PICK UP 駅消費研究センター VOL.87

「さまざまな個性を持つ人がそれぞれの強みを生かし合えば、社会はもっと豊かになる」。そんな思いから生まれたNPO法人彩結び(いろむすび)の活動は、世代間の交流を図るコミュニティカフェの運営にはじまり、マンションと地域の交流の場づくり、さらには創業支援へと幅を広げています。暮らしを豊かにするコミュニティづくりの秘訣について、彩結び共同代表・理事の佐野愛子さんに伺いました。今回はその後編です。
前編はこちら

佐野愛子(さの・あいこ)
特定非営利活動(NPO)法人彩結び 共同代表・理事
2011年に3人で活動を開始した彩結びは、「誰もが自分らしく、彩り豊かな人生を歩み、協創する社会」を目指して、2015年にNPO法人を設立。同時に東京都北区にある子育て支援と高齢者福祉の複合施設内にコミュニティカフェ「いろむすびcafe」オープン。また2019年からは分譲マンション「リノア北赤羽」の管理組合から委託を受け、マンション内の共用施設の運営とコミュニティ支援を手がける。2023年からは、リノア北赤羽を拠点にした創業支援の活動もスタート。佐野さんは法人の立ち上げメンバーで、主に子連れ出勤の応援事業やイベント事業を担当。

コミュニティの継続で生まれる安心感と、プライスレスな住まいの価値

共用施設の運営とあわせて、「リノア北赤羽」内でのコミュニティづくりにも一役買っていると聞きました。

佐野:マンション居住者の交流を促進する懇親会の企画・運営を管理組合から委託され、クリスマスツリーの点灯式など、年2回ぐらいのペースでお手伝いしています。以前、懇親会で「好きなものでつながろう」という企画をしたところ、そこで知り合ったパパたちがSNSでグループを作ったことから、パパ会が発足しました。今ではイベントの際に、彼らにブースを1つお任せし、運営をお願いすることもあります。お花見やバーベキューで自主的に集まる機会もあるらしく、私たちも想像していなかった展開になっています。

戸数の多いマンションだからこそ、お互いの顔が見える普段からのお付き合いは大事ですね。

佐野:居住者が自主的に集まって楽しめるコミュニティには、お金に変えられない価値があると感じています。イベントを通じて顔見知りが増えれば増えるほど、きっと安心感も大きくなっているのではと思います。何か困った時は助け合えるよう、ママ会のチャットグループもできたそうです。同時期に入居した同じような家族構成の子育て世帯が多いというのは、コミュニティづくりにおいて強みだと思います。

防災の視点では、自助努力が8割で公的な支援は最後と言われていると聞きました。日ごろからお醤油の貸し借りができるといったような関係性が多ければ多いほど、安心できるコミュニティになっていくのかなと思います。

マンション内でのコミュニティづくりをやってみて、どのような感触があったでしょうか。

佐野:彩結びの活動として、初めての取り組みです。マンション内でのイベントは、居住者のおよそ1割が参加すればよい方と言われているそうですが、リノア北赤羽では入居1年目で4割、3年経っても3割ほどが参加なさっているので、住民同士のつながりを楽しいと感じる方が入居されている印象はあります。パパ会のような顔が見えるコミュニティが自然発生的にできたのは、手応えの一つですね。

「つながるま」の隣の多目的スペ−ス「いどばたげんかん」。マルシェやミーティングなどに使われるほか、近所の子どもたちが遊ぶ姿も。奥はハーブガーデン

リビタさんによると、分譲マンションは販売時に交流イベントの予算がついていても、2年ほどで予算も居住者の交流もパタッとなくなる傾向があるそうです。デベロッパーのリビタさんは、住戸が完売したところで事業を完了していますが、居住者のコミュニティは継続させたいという思いを彩結びが受け継ぎ、運営を始めて4年以上が経ちました。最近では、別の分譲マンションからも、コミュニティづくりを担ってほしいというリクエストがあり、動きはじめています。今の彩結びにとって、コミュニティをつくり継続させていくことは大事なテーマの一つです。

マンション内でのコミュニティづくりについて伺ってきましたが、マンションの居住者と地域の交流は、どのように生まれていますか。

佐野:そのためにはまず、リノア北赤羽に共用施設があること、「つながるば.」の存在を知ってもらう必要があったのですが、2019年に運営を担い始めた翌年にコロナの流行が発生し、特にシェアキッチンを貸し出す飲食店の集客には苦戦しました。また、このマンションは駅前通りから1本奥に入った場所にあります。まず存在を知ってもらう必要があったので、2022年は「いろどりマルシェ」というイベントを6回開催しました。

いろどりマルシェにシフォンケーキのお店を出したチャレンジメンバーの横井由紀子さん。現在は月に一度、リノア北赤羽で出店しながら、創業を目指している

キャンドルや子ども用の髪ゴムなど、いろいろな手作り作家さんがマルシェに出店してくれました。加えて、キッチンカーの出店やシェアキッチンを使ってもらうことで、飲食も提供できました。過去にシェアキッチンをレンタルした方が近隣にお店を開業していたので、マルシェでお声がけして臨時出店してもらったりもしたんです。創業支援のチャレンジメンバーもマルシェで実績を積んで、事業化への一歩としています。

さらにマルシェでは、地域で習い事をする子どもたちにフラダンスやチアダンスを披露してもらうプログラムもつくりました。コロナ禍では練習の成果を発表する場がなかったそうで、喜んで出演してくれました。他のイベントでもよくやる「ハイハイあんよレース」では、大体同じくらいの月齢の子どもが出場します。親同士がそこで知り合って仲良くなるなど、マルシェは頑張っている子どもたちを地域みんなで見守る場にもなっています。

いろどりマルシェのプログラムとして、野外スペース「おおやね」で行われた子どもたちのフラダンス発表会

いろどりマルシェをきっかけに、地域との交流の輪が広がっていったんですね。

佐野:居住者の方からも、コミュニティを求めている雰囲気は伝わってきます。シェアキッチンで新しいお店が出るごとに買いに来てくれるなど、足しげく通ってくださる方が多いんです。お店のオーナーは、「入居者さんがお客さんとして来てくれるのが、ありがたい」と言っています。街で出店すると誰も来ないこともあるらしく、ここでは入居者が常連さんになってくれていると感動していました。ほかには、タコスのキッチンカーを運営する方のパートナーが海外のご出身で、出店すると同郷の方が多く集まったりもします。あとはテラス席があるので、ペット連れのお客さんも多いですね。そうやってにぎわってくると、相乗効果で入居者のお客さんも増えていきます。

一人ひとりがデコボコだからこそ互いを生かし合える社会へ

マンションという居住空間の1階にお店が出ることで形成されるコミュニティができてきているようですね。「リノア北赤羽」での彩結びの活動は、マンション内外でのコミュニティづくりと創業支援が、相乗効果を生みながら発展していっているように思います。

佐野:私たちがコミュニティカフェの運営で大切にしてきたのは、「誰もが作り手になれるよ」というメッセージを発信することです。カフェにお客さんとして来て、言葉にはできないけれど、なんとなく安心感や楽しさを感じて、「私も何かやりたい」と思ってくださる方を増やしたいと思っています。

彩結びでは、2023年末の時点でカフェを4店舗手がけていますが、場所によってコミュニティの在り方はそれぞれです。コロナ禍を経て久しぶりに開催したイベントでは、知り合って声をかけられるようになったことを喜んでくださる方もいらっしゃる一方で、住まいは寝に帰るところでコミュニティを求めていないという人も一定数いるでしょう。ただコロナ禍を経験し、人とのつながりの大切さを実感したこれからは、もっと地域のつながりが求められてくるのではないかと、肌身で感じています。

彩結びのように第三者が入ってコミュニティをつなぐ活動が拡大していくと、まちづくりになるのだと思います。地域をつないでいくと、活動内容がまちづくりの支援へとシフトしてきて、彩結びの事業も新しいフェーズに入ったと感じています。

彩結びとしてこれから手がけていきたいことや、この先の展望についてお聞かせください。

佐野:一人が集まると家族になり、コミュニティになり、まちになる。なので、一人ずつが自分自身の強みや課題をよく知って、自分らしく生きられることが、すごく大事だと思います。たとえば彩結びのスタッフは、総勢50〜60人ぐらいのママたちが、週1、2回ずつ協力し合って稼働しています。私自身も事務仕事があまり得意ではないけれど、人と人を繋ぐのは得意なので主にそこを担当しています。

自分のことが分からないと、社会とどう手をつないでいけばいいか分からないので、彩結びで自分を知る機会をもっとつくっていきたいというのが、私の野望です。子育ても料理も苦手な私の、苦手なことはみんなで一緒にやっていきたいという個人的な願いから、子連れワークの仕組みができました。このように、課題を仲間と一緒に解決していくと、新しいビジネスが生まれます。個人の強みだけが社会に貢献するのではありません。課題こそが、コミュニティビジネスにつながるヒントになると思います。彩結びのように、一人ひとりがデコボコしているからこそ生かし合える、そんな社会にしていきたいです。

聞き手 松本阿礼/ 取材・文 髙梨輝美

〈完〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.58掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年12月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。