jekiとMoving Walls社がMASTRUMで実現するグローバル戦略

jekiが描く交通広告の未来 VOL.14

写真右から)
jeki 代表取締役社長 赤石 良治
Moving Walls 創業者兼グループ CEO スリカント・ラマチャンドラン氏

2023年10月13日、あらゆるOOHを対象とするマーケットプレイス「MASTRUM(マストラム)」がサービスインを果たした。MASTRUMが見据えているのは国内マーケットだけではない。国外の広告主、国外の広告媒体も視野に入れたグローバルマーケットでの活用も大きな目標となっている。そのMASTRUMのパートナーであり、南アジアを起点に世界各国でプロジェクトを展開するMoving Walls社のグループCEOであるスリカント氏の来日に合わせて、jeki代表取締役社長の赤石良治が対談。世界のOOH、DOOHのトレンドとMASTRUMの可能性について語り合った。
※記事内の事例写真はMoving Walls社提供

2023年10月13日、MASTRUMがサービスインしました。

スリカント:Moving Walls社(以下MW)にとってジェイアール東日本企画(以下jeki)は重要なパートナーですが、まずは無事にサービスインできたことへの感謝を申し上げます。MASTRUMの初期展開については、いくつかのマイルストーンがあります。1つはJR東日本の交通メディアの登録であり、もう1つは広告代理店向けプラットフォームの公開です。これから、こうしたステップを経過していくことは、エキサイティングなものになると期待しています。

赤石:私たちもMWとともにこのローンチを迎えられたことをうれしく思います。jekiはデジタルサイネージに関しては、設置から配信、効果検証まで一気通貫で提供できる体制を持っていましたが、そこに国際的なプレゼンスを持つMWと協力体制を築けたことが、ここまで来られた要因だと思います。とはいえ、本番はこれからなので今後もしっかりと協力していければと考えています。

伸長を続けるDOOH、世界のOOH市場の最新動向

先日バリ島で開催された「World Out of Home Organization(WOO)」において、日本のOOHの市場規模は世界3位でありながら、DOOHでは10位だという発表がありましたが、最近の海外OOH・DOOH市場の動向と、MWのグローバル展開の今も教えていただければと思います。

スリカント:世界的なトレンドですが、まず、シンガポールやオーストラリア、イギリスにおいてはDOOHへの予算配分が非常に多くなっています。これらの国は、広告予算の半分以上がDOOHへ投入されている、世界でもDOOHの浸透が進んだグループです。次がマレーシアやインドネシアで、OOH広告予算の30〜40%がDOOHという規模感です。いずれにしてもDOOHの成長は目まぐるしく、OOH市場も拡大しています。

次に、MWのグローバル展開についてお話しします。私たちにとって最初のマーケットでもあるシンガポール、マレーシア、フィリピン、インドネシアでは、今も成長を維持しています。ここにタイ、ベトナムを加えて、東南アジア全域でビジネスを展開し、現在はインド市場への参入を進めています。

最近はアフリカや中近東の市場への進出にも力を入れています。電通アフリカとのパートナーシップで南アフリカ、ナイジェリア、ケニアでビジネスをスタートしていますし、中近東ではUAE、モロッコにおいて現地で影響力を持つメディアオーナーと提携を結ぶことができています。メディアオーナーとの協力でビジネスを拡大しているという点では、ブラジルやメキシコも同様です。
また、北米と欧州に関しては、MWのDSPを、北米および欧州最大のSSPであるPlace Exchangeと統合しました。こうした動きなどにより、同地域でもグローバルキャンペーンが実施できる環境を整えています。その他、韓国やオーストラリアでもビジネス展開を進めており、世界を網羅することができています。2024年の第一四半期にはさらに強力なプロジェクトを発表できるはずです。

赤石:MWのグローバル化のスピードには驚かされます。そういった企業と協力関係を築くことができたのは、今後のJR東日本グループも含めたjekiのグローバル展開の中でも心強いことです。特に、DSP領域ではThe Trade Desk社のような世界的な大手企業の寡占状態にあるなかで、MWのような独立系企業が世界各地で協業関係を作りながら拡大しているというのは素晴らしいことです。jekiとしても海外展開をする広告主もいるので、多くの国の市場で知見を持つMWの存在は心強いですね。

MASTRUMが市場にどのような価値を提供していくのか

中長期的な展望について教えていただけますか。

スリカント:まず、これから3年をかけて、3つの課題に注力していきます。1つ目は新しいマーケットの開拓です。まだ直接SSPに接続されていない北米・欧州での協業を通じた展開を進めます。これが実現すると、MASTRUMを通じて日本の広告主がニューヨークのタイムズスクエアやロンドンのピカデリーサーカスのメディアをバイイングできるようになります。
次に、テクノロジーです。生成AIの技術をプランニング、セールス、オペレーションなどに生かして、プラットフォームにイノベーションをもたらしたいと考えています。
3つ目はスケールアップです。そのための投資の呼びかけや、アジア圏内でのMWの上場も含めてさまざまな選択肢を検討しています。

また、近年はどの企業でもESGに力を入れていますが、私たちも二つの観点で推進しています。まず「Moving Hearts」というソーシャル・イニシアチブを立ち上げ、複数の市場で地元の慈善団体とDOOHの空きのあるメディア在庫をつなぎ、そのようなイニシアチブの認知度を高めることで、環境に対する責任を果たしています。もうひとつはゼロカーボンへの取り組みで、OOHメディアオーナーのためのベスト・プラクティスを分析・開発するための外部連携を結ぼうとしています。近年はESG経営に取り組む企業へ予算を回そうという広告主企業が増えています。特にシンガポールはその意識が進んでいるのでMWも対応を続けています。

赤石:JR東日本グループも、脱炭素社会・資源循環社会の実現や、生物多様性の保全への取り組みを進めており、2050年のゼロカーボンをめざしています。特に、Scope3と呼ばれる、自社だけではなく取引先、関係会社も含めた脱炭素が求められており、こちらの対応を順次進めています。

MASTRUMのサービスインによって提供できる価値についてどうお考えですか。また、どのようなトレンドを生み出せるでしょうか。

スリカント:いくつかありますが、ひとつはMASTRUMが、モビリティとメディアを取り巻くビジネスでベンチマークになりえるのではないかということです。新型コロナウイルスによる世界的なパンデミックが終息し、市場が回復傾向にある今、スマートシティやモビリティがトレンドになりつつあります。
世界では交通系のエージェンシーがグローバルのメディアビジネスに注力する傾向にあります。シンガポールではLTA(陸上交通庁)がメディアビジネスを始めようとしていますし、イギリスでも似たようなトレンドがあります。つまり、トランスポートとメディアビジネスが一体的に成長する流れにあり、日本ではMASTRUMがテクノロジーとjekiという存在の裏付けによって、そのベンチマークになる可能性があるのです。

もうひとつはMASTRUMがグローバルのリーダーになる可能性があるということです。自動車や電化製品でグローバル展開をする日本企業はすでにありますが、OOHにおいても同じことが起きても不思議ではないと考えます。デジタルの世界でもGoogleやMetaなどの世界的企業が誕生していますが、OOH市場ではフランスのJCDecaux社が勢力を拡大しています。先日のWOOでは「オートメーション」がひとつのキーワードになっていましたが、これはDOOHだけではなく全てのOOHについて必要な話です。その点、MASTRUMはオートメーションとモビリティを兼ね備え、日本にポテンシャルを持ったマーケットをすでに持っていることから、十分に世界をリードする存在になることができると考えています。
MASTRUMの存在感を高め、グローバルマーケットをターゲットにするためにも、jekiにはWOOのような世界に向けたカンファレンスへの参加を通じて存在感を強めてもらいたいと考えています。

赤石:jekiは広告会社としてだけではなく、交通媒体社としての長い歴史も持ちますが、その価値、今後の発展は、媒体のあり方にイノベーションを起こすことにあると考えています。新宿駅に設置した全長45.6mの大型サイネージ「新宿ウォール456」はおかげさまで高い評価を得ていますが、2024年には上野や秋葉原にも大規模のサイネージを展開予定です。そして、その取り組みは駅や車両内にとどまりません。jekiが導入とシステム運用を受注した東京ドームシティのデジタルサイネージ「東京ドームシティビジョンズ」では、これまで交通媒体だけでは獲得できなかったようなグローバルプレーヤーの広告主の出稿にもつながっています。また、既存の車内媒体についても、価値向上、魅力向上に取り組んでいますし、近く車内がシアターになるような取り組みを首都圏でスタートする予定です。
国内での私たちの存在感を世界でも同じように発揮するためには自ら打って出ることが大事だと思いますので、WOOについてもぜひ参加したいと考えています。

MWとともに歩むグローバルプレーヤーとしての未来のために

MASTRUMの高いポテンシャルを生かしてどのようなことが実現できるでしょうか。

スリカント:2022年に初めて赤石さんにお会いしたとき、赤石さんは「このビジネスはソフトウェアだけの話ではなく、ビジネストランスフォーメーション(BX)なのだ」とおっしゃっていました。まさにMASTRUMはビジネストランスフォーメーションであり、イノベーションにつなげることが重要になります。
もうひとつ、近年重要になっているのはOOHだけではなく、インターネットとオフラインを組み合わせたオムニチャネルキャンペーンです。jekiはデジタルやリアルでのタッチポイントにも力を持っているので、そこをさらに強化してオムニチャネルキャンペーンを実行してもらいたいです。

赤石:オムニチャネルについては東京ドームシティの例もその一部としてありますが、仕掛けは始まっています。「Virtual AKIBA World」内に「シン・秋葉原駅」をオープンし、XR事業も手掛けています。その中と連動した媒体ということも今後広がっていくでしょう。
いずれにしても「広告」というものは、OOHもデジタルも、4マス、トリプルメディアを複合的に使ってどう情報提供するかがカギになります。その全体をプログラマティックなものにして、可視化することが求められます。その部分に遅れがあったOOHの領域ですが、MASTRUMによってデジタル化、オートメーション化を実現したいと考えています。

MASTRUMが魅力、独自性を発揮するためにはどういうデータを紐づけていくのかも大事だと考えています。jekiでは移動者に関する調査を継続的に行っており、鉄道事業者を背景に持つjekiだからこそ収集可能なデータもあります。そうしたデータを活用し、jekiだけに実現可能なマーケットプレイスにしていきたいと思っています。
こうした動きの先にグローバルプレーヤーへの道があると考えています。その実現のためには可視化がひとつのポイントで、そのための投資は進めていかなければいけないと考えています。また、データの取得、利用に際しては社会的な要請、許容ということも重要になるので、そうした課題を一つひとつクリアしながら進めていきます。

最後に今日の対談を通じて感じたことをお話しいただけますか。

スリカント:MASTRUMは、私たちにとっても非常に重要なプロジェクトです。ここまで進めてきた中で学ぶこともたくさんありました。これからも多くの学びがあると思いますので精いっぱいの努力を続けたいと思っています。MASTRUMが日本のベンチマークになり、グローバルでも成功できるように頑張っていきましょう。

赤石:こうして一緒にグローバルプレーヤーになろうとしている、その過程をうれしく思っていますし、だからこそしっかりやらなければという意欲を感じています。
jekiでは2023年に新たにミッションとバリューを策定しましたが、バリューには「新しさこそ、価値。」、「越境こそ、成長。」、「誠実こそ、武器。」、「幸せこそ、ゴール。」と定めています。これらの行動基準はMWとのMASTRUMのプロジェクトにおいても試されるものだと考えています。MASTRUMを成長させることで証明していきたいと思います。

赤石 良治
株式会社ジェイアール東日本企画 代表取締役社長
2年間の日本国有鉄道勤務を経て1987年にJR東日本に入社。
主に総務・人事業務を担当した後、2003 年にJR東日本ネットステーション代表取締役社長に就任し、インターネット黎明期に「えきねっと」の開発・運営等のWebビジネスにかかわる。2016年にJR東日本環境アクセス代表取締役社長、2018年にJR東日本常務取締役を経験し、2021年より現職。

JR東日本入社早々に、駅における顧客操作型端末「ホットポット」の運営に従事したほか、システムガバナンスのリデザインのために新設されたシステム企画部の初代次長となるなど、鉄道キャリアの節目節目でDXとの出会いがあった。

スリカント・ラマチャンドラン
Moving Walls 創業者兼グループCEO
OOH広告のためのグローバル・エンタープライズ・ソフトウェアおよび広告テクノロジー・プロバイダーであるMoving Wallsの創業者、グループCEO。
1996年に世界初のエンド・ツー・エンドのセキュア・エレクトロニック・トランザクション(SET)を実現したのをはじめ、
IBMシンガポールの e-ビジネス・チームを設立・成長させ、2006年にはアナリティクス分野の地域リーダーであるナレッジ・ダイナミクス(KD)をニューヨーク証券取引所上場企業と合併させた。
また、エンジニアリングとビジネスの学位を持ち、アジア各地のテクノロジー企業の役員を務めている。

jekiが描く交通広告の未来

生活者の行動やメディア環境が激変するなか、jekiが描く交通広告の未来とは。調査で見えてきた交通広告の今や、新たな価値創出の取り組みを紹介します。

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