出前館の広告戦略 「エリア」と「時間」の制限を乗り越える「再現性のある集客」とは
ー藤原彰二氏(出前館)×宮原誠・伊藤斎(ジェイアール東日本企画)ー

jeki × 宣伝会議 共同取材シリーズ VOL.16

日本最大級のデリバリーサービス「出前館」は、2020年3月にLINEとの提携を発表。加盟店は40,000店を突破し、成長・拡大を加速させている。ダウンタウンの浜田雅功さんを起用したテレビCMも話題を集めた。浜田さんは「CDO(チーフ出前オフィサー)」に就任し、「浜田のおごりキャンペーン」など、認知と利用者拡大施策にも貢献した。今回は、出前館の取締役 COOを務める藤原彰二氏にジェイアール東日本企画 営業本部 第六営業局の宮原誠と伊藤斎がそのマーケティング施策について聞いた。

写真右:出前館 COO 藤原彰二氏
写真中央:ジェイアール東日本企画 営業本部 第六営業局 第二部 部長 宮原誠
写真左:ジェイアール東日本企画 営業本部 第六営業局 第二部 伊藤斎

キックボクサーからの転身 異色の経歴を持つマーケター誕生

宮原:藤原さんはキックボクサーからマーケターへ転身されたそうですが、どのような経緯で今の道に進まれたのですか。

藤原:キックボクシングをはじめて半年くらいのときに全国大会で3位になって、この世界でやっていけるのではないかと思い大学3年生のときにプロのキックボクサーになりました。ところが怪我をしてしまい、治療には2年近くかかると言われました。手術をすれば早く復帰できるものの、危険もある。2年は長いし、危険はおかせないということでキックボクシングは辞めることにしました。
その時点で就職活動には出遅れていて、結果として何も活動をしないまま第二新卒になってしまった。なんとか仕事を探そうとしていたところ、当時はインターネット広告が注目されはじめた頃で、サイバーエージェントやオプトといった企業も初めて新卒採用をするようなタイミングでした。私自身、インターネット自体にも知識があったわけではなかったので営業職を志望したつもりだったのですが、最終面接で「広告運用だけど大丈夫?」と言われて、無理とも言えないのでそのまま入社したのが正直なところのきっかけです。

宮原:その後渡米し、帰国後の2015年からはLINEへ。現在は出前館でCOOに就任されています。役割の変化や、現在のミッションについて教えてください。

藤原:アメリカへ行ったのはウェブ広告の最新事情に触れるためです。ウェブ広告のトレンドは日本とアメリカで似ているところがあって、中国で受けたものが日本で流行ることはそれほど多くないのですが、アメリカのものはだいたい3年くらい遅れて日本でも流行る傾向にあります。
それまでの広告業界では、「英語ができるから」という理由で海外へ行くことも多かったようです。私は英語はできませんでしたが、ビジネスの兆しを見つけてこいということで行かせてもらいました。当時は今でいうところのO2Oやオムニチャネルが出始めた頃で、それらを日本へ持ってくるためにはどんなツールがあるのかを調べることが担当でした。LINEには、そのアメリカ時代に触れたO2Oを担当してほしいということで加わりました。
出前館に入ってからのミッションは海外勢の競合企業と比較したときに、サービスでもユーザー数でも上回っていくこと。そのためにどのような手段があるのか、これまではマーケティングを主に考えていましたが、現在はCOOとしてより幅広く考えていこうという立場になっています。

何のためにターゲティングをするの?俯瞰的な目で全体を見ることも重要

宮原:出前館ではCOOの肩書を持たれていますが、CMO(マーケター)時代から変化したことはなんでしょうか。

藤原:ひとつは、社外からの見え方です。日本だとCMOでサービス改善を並行してやっている人もあまりいないですし、広告担当者としてしか見られていません。私もCMOのときには広告の話をいただくことがほとんどでしたが、COOになってからはよりいろいろな話が直接来るので効率が良くなったと思います。特に最近はコロナ禍をきっかけにオンラインでのミーティングも増え、スピード感を持ったお話ができるようになりました。

宮原:藤原さんのように、マーケターから経営に深く関わるために必要な視点や経験はありますか。または現場のマーケターがより経営的な効果を与えるために、意識すべきことはなんでしょう。

藤原:マーケティングを考えていくときに、経営陣と現場で視点が違うと感じることが多くあります。広告戦略を考えるときにターゲティングをすると思いますが、例えば100万人の母集団からものすごく絞り込んで5000人になりました、その中で、今まで100人しか動いていなかった人が倍の200人になりましたと言われても、経営側は全体を見ているので、100万人のうちの200人というボリュームで良いのかという話になります。結果として2倍を達成したとしても、ターゲティングで減った分はどれだけなのかというのは忘れがち。私自身はそういう視点も配慮して話をするようにしています。ターゲティングによっていかに効率的に広告を打つか、という話が多いので、ターゲットを広げようとするよりも、絞り込もうとする意識が強くなる。そうすると思考まで小さくなってしまう。私たちは特に、LINEとの提携で投資額も増えて、いかにターゲットを広げて獲得するかという話をしているので、狭いターゲットの中での獲得率を高めることが決して良い評価になるわけではない。現場においてはターゲティングの枠を絞り込んでいても、ときには俯瞰的に大きな枠組みで考える、そういう概念は必要だと思います。

利用者の認知にはテレビ、加盟店向けには交通広告 目的と狙いで使い分ける広告戦略

宮原:ダウンタウンの浜田雅功さんを起用したテレビCMなど、コミュニケーション戦略についてお聞きします。タレントの起用やクリエイティブなど、目的に合わせたものだと思います。

藤原:浜田さんを起用した理由はシンプルです。競合と比較したとき、私たちの特徴は割と古い部類に入る会社。多くの日本企業と同様、温かみと信頼性が強みでした。その強みを打ち出す方向性で振り切っていくと、タレントもすでに活躍し、認知も高い人を起用した方が良いという結論になりました。

当社のような業態ではロイヤルティーマーケティングが重要になります。一度使った人が2度、3度と利用してもらうことが重要。そこで新規と既存のどちらにコストをかけるかという話になったとき、わりと皆さん既存の話をしがちです。確かに既存のお客さまが複数回利用するようになってくると、広告費を新規向けの施策に寄せやすくなります。こうした流れもあり、今はリターゲティング広告が多くなっているのですが、私はこの広告手法があまり好きではありません。

例えばリターゲティングでFacebookにインフィード型の広告を出したとします。それで2回目の利用があったとしても、その人は3回目もインフィード広告を出さないと利用しないので、永続的にリターゲティングをしなければなりません。私はこれを“再現性が低い”状態と呼んでいます。それならば、その費用を「出前館」という名前を覚えてもらうことに使う方がよいのではないか。そこで出前館に入ってすぐにリターゲティング広告をほとんど無くして、その費用をテレビCMへ回しました。

クリエイティブについては「出前館」という名前を覚えてもらうためには歌に乗せることと、キーワードとなる「出前館」を連呼することにしました。歌については、懐かしい感じがいいと思い、「スーダラ節」のメロディーに決めました。

この他にも新しいCMのチャレンジとして、クーポン情報とあわせたL字帯付きのフォーマットや、毎月エリアとランキングを更新できるようなフォーマットなど、各エリアに特化したCMを全国で放送できるようにしています。

KPIとしては、かけた広告費と検索数の伸びの比率を設定して、10日あたりの検索数の伸びを検証しました。テレビCM放送開始後、検索数は増えているので、新規獲得ができていると感じています。これまでリターゲティングで追いかけていた利用者もテレビCMの効果で自然に戻ってくるようになり、再現性のある広告になりました。この成功を機に、広告費の比率もテレビに寄せています。

「ピザ半額祭」の202011月度テレビCM。湘南乃風「純恋歌」を使ったキャッチーな替え歌と併せて、L字帯付きフォーマットでクーポン訴求を取り入れた。「地域毎のクリエイティブ最適化も重要になるため、そういった意味でも今後、汎用性の高い形かと考えています」(藤原氏)。
生見愛瑠(めるる)さん出演のCM 加盟店紹介篇‐関東『東京①』 202012月Ver
加盟店紹介篇‐中京- 202012月Ver

伊藤:KPIに検索数を設定されていますが、それが全てなのでしょうか。

藤原:もともとは再現性のない広告をやめたいというのがはじまりです。出前館のビジネスモデル上、今までは電話注文によるデリバリーだったのですが、アプリを一度使うとそれ以降は電話はいらなくなるという付加価値が提供できます。そのためリテンション率は高かったので、新規に振り切ることができました。

伊藤:利用者の獲得もできているということですが、登録店舗数も11月に4万店舗を突破して毎月10%近く増えていますね。

藤原:コロナ禍でデリバリー市場自体が増加しているからという声もありますが、今も継続的に伸長しています。テレビCMの効果に加えて、交通広告の力も感じています。駅周辺のお店が多いので、飲食店への営業で「今日、駅の広告を見てください」と言うことをトークスクリプトに入れたところ獲得が増えた、というデータが出ているのです。私たちにとって、交通広告は加盟店の獲得向けとして捉えています。

伊藤:検索数もそうですが、データはかなりチェックされているようですね。

藤原:毎日見ています。地域の番組で特集があるとデータも急変動する。CMが放送されている時間もわかります。私たちのビジネスの弱点は、マス広告を打ちにくいという点。ECサイトだと通常、全国どこでも全てのユーザーに対して同じサービスを提供できます。ところが私たちは、お店がある地域の半径5km以内のユーザーにフォーカスしなければならないという、エリアマーケティングの要素が強い。加えて、時間も決まっています。皆さん食事の時間はある程度決まっていて、多少価格が安くなるからといって食事の時間を大きく変える人は多くない。エリアと時間の概念があるのはマーケティングとしては新しいと思いますし、私自身、マーケターとしてデータを見るのは楽しいですね。

エリアと時間がマッチしないと効果が大きく変わるので、実は今タイム枠の攻略を進めています。夕方、食事前の時間の三番組に集中してテレビCMを流しています。実際、CMが流れた瞬間から検索数が急上昇しているので、今後はこれも再現性があるようにしたい。その番組を見れば出前館、という流れを作りたいと思っています。

宮原:これから出前館で起こしたいと考える飲食業界のイノベーションはありますか。

藤原:いつも考えているのは、「この会社にどんなサービスをひとつ追加すれば面白くなるか?」ということです。私たちの価値を考えたとき、飲食店のメニューがあることは相当な価値だと思っています。例えばウェブで「焼きそば」と検索すると、飲食店検索サイトの焼きそばを扱うお店の情報が出ます。そういったサイトは、お店のレビューの量がすごい。ですが、本当は五目焼きそばが食べたくても、そこに出るのはソースも、あんかけも含まれていますし、評価はお店自体のものでメニューのものではありません。もしかするとソース焼きそばはそれほどではないので星の数が少なくても、五目焼きそばだけはおいしいかもしれない。今はそういうサービスがない。これはまだ私個人のアイデアの段階ですが、私たちの持つメニューの情報を、メニューレビューのような形で提供できれば、新しい飲食店探しや、お客さまがもっと食べたいものに近づく機会を提供できるかもしれない。店舗やイートイン、デリバリー、テイクアウトといった方法から、またひとつ違うお店の選び方を提示できる世界が作れると面白いのではないかと思っています。

【取材を終えて】
デリバリーサービス日本最大級の規模をもつ「出前館」。その成長戦略について、キーマンである藤原COOに直接取材する機会を得たのは幸運でした。取材の中で、個人的にもっとも感銘を受けたのは、「小規模な飲食店経営者は、店舗運営からメニュー開発、経理やスタッフ管理など、全部を1人でやらなくてはならない。出前館がサポートしていくことで、そういった苦労を少しでも開放させてあげたい」とおっしゃっていたことです。出前館COOという肩書の傍ら、加盟店経営者のサポートも欠いてはならないという熱い想いに触れました。新型コロナウイルス拡大のなか、出前館が飲食店経営者にとっても大きな支えになっていくんだろうなと予感できた瞬間でした。(宮原)

jeki × 宣伝会議 共同取材シリーズ

昨今の市場環境やコミュニケーション環境の変化のなか、成長を遂げる・ヒットを生むその底流には何があるのか。その一端を探るべく、jekiは宣伝会議マーケティング研究室と一緒に、ヒットコンテンツ・躍進企業のキーマンの意識に流れる「顧客視点・顧客志向」を紐解いていきます。

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  • 宮原 誠
    宮原 誠 第六営業局第二部 部長

    2008年jeki入社。以来、一貫して営業部門を歩む。 流通や住宅、衛生用品クライアント等を担当。2019年より現職。

  • 伊藤 斎
    伊藤 斎 第六営業局第二部

    2017年jeki入社。以来営業部門に所属。金融、衛生用品、不動産、自動車、学習塾等のクライアントに対して、ATL・BTL問わずコミニュケーション領域において企画、設計から実施まで幅広く担当。