「誰かのやってみたい」を応援する彩結びのコミュニティづくり<前編>
〜住まう人同士をつなぎ、住まう人とまちをつなぐ〜

PICK UP 駅消費研究センター VOL.86

「さまざまな個性を持つ人がそれぞれの強みを生かし合えば、社会はもっと豊かになる」。そんな思いから生まれたNPO法人彩結び(いろむすび)の活動は、世代間の交流を図るコミュニティカフェの運営にはじまり、マンションと地域の交流の場づくり、さらには創業支援へと幅を広げています。暮らしを豊かにするコミュニティづくりの秘訣について、彩結び共同代表・理事の佐野愛子さんに伺いました。今回はその前編です。
後編はこちら

佐野愛子(さの・あいこ)
特定非営利活動(NPO)法人彩結び 共同代表・理事
2011年に3人で活動を開始した彩結びは、「誰もが自分らしく、彩り豊かな人生を歩み、協創する社会」を目指して、2015年にNPO法人を設立。同時に東京都北区にある子育て支援と高齢者福祉の複合施設内にコミュニティカフェ「いろむすびcafe」オープン。また2019年からは分譲マンション「リノア北赤羽」の管理組合から委託を受け、マンション内の共用施設の運営とコミュニティ支援を手がける。2023年からは、リノア北赤羽を拠点にした創業支援の活動もスタート。佐野さんは法人の立ち上げメンバーで、主に子連れ出勤の応援事業やイベント事業を担当。

共用施設をまちに開放する、ユニークなマンションとの出会い

分譲マンション「リノア北赤羽」で、共用施設の運営を手掛けるようになったいきさつを教えてください。 

佐野:2019年ごろ、既存建物の改修・再生を手がける株式会社リビタさんから、「新しく販売するマンション内に地域の人も利用できる共用施設をつくるので、運営を任せられるパートナーを探している」とご連絡いただきました。それまで彩結びでは、「0歳から100歳まで輝ける場所」をコンセプトにしたコミュニティカフェ、いろむすびcafeを北区内で4年ほど営業していました。いろむすびcafeでは子連れ出勤でシェアワークをするなど、自分にできることで社会に貢献する取り組みを行っていたことから、お声がけいただきました。リノア北赤羽の開発コンセプトが、入居者と地域住民がスキルやモノを分かち合う「Give and share.」だと伺い、私たちの活動理念と合致すると感じてすごく話が盛り上がったのを覚えています。

広々としたプレイスペースがある、いろむすびcafe。右は北区で活動するシニアボランティア団体による絵本読み聞かせイベントの様子

マンションの共用施設の運営にあたっては、どのような役割を担っておられますか。

佐野:マンションの管理組合から、「つながるば.」と呼ばれている5つの共用施設を有償で貸借して、地域のみなさんと交流をはかる目的で、イベントや講座を主催しています。加えて、マンションの居住者も地域の方も、予約をすればレンタルで利用できるよう施設をサブリースしています。貸し出す際の、施錠などのセキュリティー管理や、清掃、貸し出しの手続き、年間のスケジュールやお金の管理などを、彩結びで担っています。リノベーションの計画段階で、「施設をまちに開く」と決めて設計してくださっているので使い勝手がとても良く、利用者からもおしゃれな空間が好評です。

「つながるば.」は、どのようなシーンで利用されているのでしょうか。

佐野:5つの施設のうち一番広く目に付くのは、マンションのエントランス横にある「つながるま」です。靴を脱いでくつろげる小上がりや個人作業用の部屋も備えた、最大45席のゆったりした空間で、シェアキッチンも備えています。レンタルした方の個性が光るカフェやベーカリー、ダイニングレストランやテイクアウト専門店などを、曜日や時間帯ごとに営業するほか、ダンス教室の公演や、サークルの集まりなどにも利用されています。

1階の共用施設「つながるま」。左奥にキッチン、その反対側にはリモートワークや勉強もできる個人作業用のスペースもある

他にも、防音設備の整った「おとのま」という集会室はレッスンの講師に人気で、マンション内外の子供たちが通うチアダンス教室やリトミック教室が開催されています。見晴らしのよい屋上のウッドデッキ「やねうえ」では、居住者が講師を務めるヨガの青空レッスンも好評です。実は私も月に1度、「部室」と呼ばれる「つながるま」内の部屋で、予約制のフェイシャルエステの施術をしています。施設の運営は、「誰かの何かやってみたい」を応援することをテーマにしています。

誰もが仕事や趣味のスキルを、自然とシェアしたくなる場づくり

マンション内に地域の人も利用できる施設があるというのは、ユニークですね。

佐野:リノア北赤羽は、リビタさんが「共用施設を地域に解放し、住民の方も地域の方も集える場にして、住む楽しさや暮らしの豊かさを創出したい」と計画したマンションです。そのため、セキュリティのこともよく考えて設計されていて、居住者のプライバシーに配慮しつつも、外に開かれた空間になっています。レンタルされていない時は居住者の方が施設を自由に使えるので、コロナ禍も今も、リモートワークに使っている居住者をよく見かけます。「つながるま」には授乳室があったりもするんですよ。

いろむすびcafeでの取り組みから、「つながるば.」の運営に携わることになったとのことでしたが、彩結びがコミュニティカフェを通じて培ってきたノウハウは、どのように応用していますか。

佐野:誰もが仕事や趣味のスキルを、自然とシェアしたくなるような仕組みづくりでしょうか。「つながるま」のシェアキッチンは、飲食営業許可と菓子製造許可を取得済みの業務用キッチンで、食品衛生責任者の資格があれば、レンタルして手軽に店舗営業ができます。これまでには、飲食店開業を目指す地元のご夫婦が3カ月間こちらで試験営業してから、駅周辺に店をオープンさせたり、キッチンのみレンタルして焼き菓子を製造し、オンライン販売したりしている方もいました。

居住者にとっては自宅に近いことの魅力も大きく、他所で蕎麦店を経営するマンション居住者が、朝7時から2時間だけレンタルして、朝食用に短時間営業をしているケースもあります。また、「つながるま」の清掃は、シェアワークという形でスタッフさんを募集して、居住者の方が活躍してくださっています。自分の生活リズムの中で隙間時間に働ける方がシフトを組んでいて、子どもと一緒でも働けますし、住まいとシェアワークする場所が近いと便利ですよね。窓なんていつでもピカピカですよ。

いろむすびcafeでも、子連れのシェアワークを導入していたとのことでしたね。詳しく教えていただけますか。

佐野:「ママプラス」という取り組みで、0歳から1歳2ヶ月までの赤ちゃんがいるママは、抱っこしながら接客をします。園児のママは、ペアワークという形で、一人が2児の面倒を見る間、もう一人がカフェのホールを担当します。色々試しながら、彩結び独自の形をつくりました。子どもを連れて働くというのはもともと私自身の課題で、それを解決する仕組みを考えたんです。個人の課題がコミュニティビジネスの種になるというのは、これからの新しいビジネスの形だと感じています。

いろむすびcafeで、自身の子どもを抱っこしながら働くスタッフ。こういった働き方を目にして、来店客からスタッフになった例もあるという

「つながるば.」の利用も、新しいビジネスや起業につながっているようですね。

佐野:そうですね。ヨガ講師やリトミックの先生など、施設をレンタルして有料で教室を開催している居住者さんは、マンション内でレッスンができるからここを選んで入居した、と聞きました。マンションの開発コンセプトが「Give and share.」なので、自分が持っている強みを社会にギブしよう、シェアしよう、というマンションの機能にピンときた方が入居されている面もあります。日常生活の中で気軽にチャレンジして暮らしの楽しさを広げていく、というマンションを計画した当初のコンセプトが実現されていくのを感じます。

彩結びでは、創業支援の活動をさらに発展させていこうと考えています。2023年から東京都北区の政策提案協働事業の一環として、「つながるば.」を拠点にした創業支援の取り組みもスタートさせました。開業前の人と、開業して5年以内の人がチャレンジメンバーとして30人ほど参加していて、その中には居住者の方も3人います。みなさん小さなお子さんがいるママで、現役の保育士さんは母子で楽しめるワークショップ、ほかの方はペン字の塾、ヨガのレッスンなどで起業を準備中です。

年に数回行われるというチャレンジメンバーの勉強会。この日はブランディングを学ぶ目的で、実践的な発信の方法を学んだ

彩結びで行う創業支援の活動の特長は、何でしょうか。

佐野:定期的にチャレンジメンバーの交流会や創業セミナーなどを開催しています。起業した参加者が言っていたのは、自分と同じように起業したい人が身近にいたり、「起業っていいよね」と後押ししてくれる雰囲気があったりするのは、とても心強かったということでした。彩結び自体が私と仲間で起業した組織で、相談し合えたり、お互いに強みで課題を補い合えたりするような人間のつながりは、とても大事だと実感しています。開業届けを出しても、3年で廃業する人がほとんどだと言われています。やっぱり、続けることが難しい。そういう状況ではまず、気軽に悩みをシェアできることが大切です。起業したい方に伴走しながら彩結びがサポートすることで、その方が安心してビジネスを発展させていくのを見守っています。

聞き手 松本阿礼/ 取材・文 髙梨輝美

〈後編に続く〉

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』VOL.58掲載のためのインタビューを基に再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2023年12月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。