アパレルで伝統文化をつなぐ。〈スノーピーク〉が〈LOCAL WEAR〉プロジェクトで見据える未来とは?(恵比寿発、×コロカル共同取材)

地域創生NOW VOL.7

今回は、「恵比寿発、」と、マガジンハウスが発行する日本の“地域”をテーマとしたWebマガジン「コロカル」が、ローカルで活躍するソーシャルビジネスのキープレイヤーに共同取材を行いました。

■〈スノーピーク〉だからできるアパレルを

アウトドア用品の総合メーカーである〈スノーピーク〉が、2018年からスタートした〈LOCAL WEAR by Snow Peak〉プロジェクト。
これは各地域に根づく伝統的な技法に特化して製品づくりを行う新しいアパレルラインであり、その主目的は伝統文化を次の世代に継承していくことにあるという。

そもそもスノーピークが、アパレル事業に本腰を入れ始めたのは今から5年前のこと。
現在、代表取締役副社長CDOに就く山井梨沙さんが、ファッションデザイナーのキャリアを経て同社にジョインしたのがその端緒。山井梨沙さんは創立者の幸雄氏を祖父に、そして現社長の太氏を父に持つ、いわばスノーピークの3世代目にあたる人物だ。

新潟・燕三条にあるスノーピーク本社。実に創業61年目を迎える老舗アウトドアメーカーだ。

「ファッション系の大学を出たあとは、ずっと東京でデザイナーをやっていました。
ところが、デザイナーとしてやっていくことに行き詰まりを感じ、なぜ自分はアパレルの世界に身を投じたのか、この分野で自分は何をやりたいのかを見つめ直すようになりました。そんななかで、スノーピークでしかやれないアパレルというものがあるのではないかと思うようになり、入社を決めました。もともと家業に収まるつもりはまったくなかったので、自分でも意外な選択でしたね」

山井梨沙さんの入社は2012年。ほんの8年前のことではあるが、当時のスノーピークは今ほどの知名度を獲得しておらず、アウトドアファンの一部が知るニッチなブランドに留まっていたという。

代表取締役副社長CDO、山井梨沙さん。2014年よりスノーピークでアパレル事業をスタート。

実はスノーピークでは、過去にも何度かアパレル事業に着手したことがある。
しかし、軌道に乗らないまま立ち消えた経緯があり、いわば同社にとって鬼門ともいえる領域だった。

ところが、山井さんはここで存分に才覚を発揮。アパレル部門は立ち上げ2年目にして前年比300%という実績をあげ、その後も毎年、右肩上がりの成長を続けている。
成功の秘訣はおそらく、日本を飛び越えてアメリカ市場から“攻めた”ことにある。

「アパレルを始めた当初、日本では、『なぜアウトドア用品のメーカーが服をつくっているの?』といわれるばかりで、どこの取引先にもまともに相手にしてもらえませんでした。これでは埒が明かないので、だったらアメリカで売り出そうと現地で展示会を行ったところ、思いのほか好意的な評価をいただくことができたんです」

日本以上に知名度のないアメリカで勝負することに、不安がなかったわけではない。
しかし、向こうにはブランド名よりも品質やデザインで物を見る土壌があり、自社製品の魅力や特性をフラットに伝えることができるはずだと山井さんは確信していた。

外から日本を見て感じたこととは?

本社内に設置された〈Snow Peak MUSEUM〉。60年超の歴史を貴重な展示物で振り返ることができる。

■つくり手の想いを伝える〈LOCAL WEAR〉プロジェクト

アメリカでの成功により、自ずと海を渡る機会が急増。これが外から日本を見るいい機会となる。

「日本人が日頃から感じている日本の良さと、アメリカから見た日本には、実は少し乖離があるんです。
例えば仕事に対して生真面目だったり几帳面であったり、ともすれば私たちには野暮ったく感じられるような部分が、アメリカ人にはクールに受け止められることが多々あります。
日本人は意外と日本の良さに気づいていないということを、あらためて実感させられましたね」

何事も外から見なければわからないことは多い。
ならば、今こそあらためて日本人に日本のものづくりのすばらしさを伝えるべきではないか。

そんな思いが昨年、〈LOCAL WEAR by Snow Peak〉プロジェクト(以下、LOCAL WEAR)として結実した。

スノーピーク社内の打ち合わせエリアはキャンピングオフィス仕様。 あまりの気持ち良さに、昼休みにはうたた寝をするスタッフの姿も……。

「例えばスノーピークのキャンプ用品は、ここ燕三条の地場産業の技術を活かしており、それを世界に向けて発信しています。そこで当初は、アパレルも同じように地場で商品をつくれないかと考えました。しかし、アパレル産業の工程は細分化されているため、糸や生地の製造、染色など、すべてを新潟県内で賄うのは非現実的。おまけに不況や後継者不足の影響で、零細工場が次々に廃業していく状況で……。そんな地元の産業を守るためにいったい何がやれるのか、ずっと考え続けていました」

そうして誕生した〈LOCAL WEAR〉では、プロジェクトごとに産地を限定し、その土地の文化や技法に特化して製品づくりを行っている。

「食べ物と同じように、アパレルにもその土地ならではの文化がたくさん詰め込まれています。ところが、そうした伝統文化が途絶えつつあるのが現状。だったら、各地に伝わるアパレルづくりの技術を通して、“その土地を着る”という発想を広めていきたい。これが〈LOCAL WEAR〉プロジェクトのコンセプトになりました」

アパレルを通して、その土地に根づいたものづくり文化の継承を目指す。その取り組みは、単なるウェア開発だけにとどまらない。つくり手の想いをいかにして伝えるか。そのひとつの解が職業体験ツアーだった。

併設のショップに並ぶ、〈LOCAL WEAR〉の商品群。

「ただその土地の技術で服をつくるだけでなく、“土地を着る”という概念を知ってもらうには、製造のプロセスを体験してもらうのが一番。そこで実際の生産工場の見学をはじめ、各産地に根づいた生活様式や文化を肌身で感じるツアーを用意しました」

すでに先染め織物技術で知られる新潟県の栃尾ツアーなど、複数の企画が運用され、毎回20~30組が参加する。なかには海外からの参加者もいるほど大反響を呼んでいるこのツアー。“土地を着る”という体験が、十分にコンテンツになり得ることを証明している。

〈LOCAL WEAR〉ブランドもまた、スノーピークの大きな売りのひとつになりつつある。

アパレルを通した地方創生の理想形とは何か?

そんな〈LOCAL WEAR〉の活況に触れ、今回の共同取材を行った〈ジェイアール東日本企画〉のソーシャルビジネス開発局 担当局長・田邉敬詞は次のように語る。

「この取り組みによって土地に注目が集まり、広くその魅力を知ってもらえれば、移住者を呼び込むことだってできるかもしれませんね。もちろん一歩ずつの取り組みが大切ですが、アパレルを通した地方創生のひとつの理想形だと思います」

「なかには同様のツアーを企画される企業も出てくるかと思います。でも、そうして飛び火することで地方にスポットが当たるなら、それでもいいと私は思います。結果として地域に活気をもたらす何かがあれば、有意義なことですから」(山井さん)

山井梨沙さんは言う。スノーピークではこれまで、自然志向のライフスタイルを生活に取り入れることを目指してきたが、今後重視すべきはライフバリューである、と。これも〈LOCAL WEAR〉を通して得た知見がもたらしたひとつの進化なのかもしれない。

今回、共同取材を行ったジェイアール東日本企画ソーシャルビジネス開発局の田邉敬詞(右)と引谷幹彦(中央)。 山井梨沙さんを交え、オフィス内に設置されたテント内で鼎談を行った。

■裂織り職人を訪ねて佐渡島へ

山井梨沙さんがこれほど〈LOCAL WEAR〉に注力するのには理由がある。

アパレル事業を切り盛りするかたわら、より土着的なモチーフを求めてアンテナを広げていた山井さんの耳にある日、佐渡島に伝わる「裂織り(さきおり)」という織物技術の存在が飛び込んできた

今回の取材を機に、ジェイアール東日本企画とスノーピークの協業で、今後新たな地方創生プロジェクトが誕生するかもしれない。

裂織りとは、使い古した布を一度裂いて短冊状にし、それをタテ糸として織り込むことで、生地として再利用する手法のことで、東北地方を中心に伝わっている。
これにより素材を再利用できるだけでなく、温かみのある風合いの素材をつくることができる。
ものを大切にしようという日本人気質にあふれたこの技術は、土着的なアパレルを実現したいと考える山井梨沙さんにとり、うってつけだった。

「調べてみると、佐渡島にひとりだけ裂織りの織り手が残っていることがわかりました。ところが電話で連絡をしてみると、高齢を理由に引退を考えており、すでに織り機から糸も外してしまっているといいます。それでも、自分のやりたいことを熱心に伝え、何度もお願いしたところ、『そこまで言うなら、準備しておくからいらっしゃい』と言ってくださったんです」

〈LOCAL WEAR〉プロジェクトから誕生した製品の数々。

そうして実際に佐渡島へ渡ったのが2年前のこと。
しかし、訪ねた先で待っていたのは、織り手の女性の落胆した表情だった。

「私が来るのに合わせて織り機に糸をかけ直そうと、朝から何度もがんばってくれていたそうなのですが、どうしてもできなかったそうで。『もう体がついていかないので、これを機に引退したい』と、申し訳なさそうに告げられました。もちろん、それ自体は仕方のないことです。
しかし、佐渡島で脈々と続いてきたひとつの伝統産業が消滅する瞬間に立ち合ったことは、私にとって非常にショックな体験でした」

同時に、だからこそ日本の伝統産業を守らなければならないとの想いは、いっそう強固なものとなったのだ。

47の〈LOCAL WEAR〉は生まれるか?

■〈LOCAL WEAR〉は全国へ

自らもローカルでの活動を続けている田邉はいう。

「最近では地方に目を向ける企業がたくさん存在することを、我々は各種のイベントを通じてひしひしと感じているんです。人口減少が起きているのは地方に限らず、日本全体の話ですから、より魅力とポテンシャルのある地域が注目されるのは当然ですよね。何しろ将来的には、満員電車がなくなるとまでいわれているほどです」(田邉)

メーカーと広告会社。業種は違えど、地方創生をビジネス目線から語る立場は一致している。

見方によっては、人口減少は必ずしも悪いことではない部分もあるのかもしれない。
むしろ、これまでのような東京一極集中こそが不自然という意見は根強い。
しかし私企業である以上、利益を完全に度外視することはできない。
ジェイアール東日本企画 ソーシャルビジネス開発局・引谷幹彦は、山井さんにこんな疑問を投げかける。

「利益追求は企業にとって当然あるべき姿勢であり、当然、スノーピークさんとしても〈LOCAL WEAR〉におけるマネタイズは考えていると思います。今後のビジネスモデルについてお聞かせください」

その問いに対する、山井梨沙さんのビジョンは明快だ。

「実は〈LOCAL WEAR〉を始める前、これほど次々に伝統産業が潰れていくなら、いっそ自分が工場で働いてその産業を残そうかと、大真面目に考えました。でも、私ひとりでそんなことをしても、意味がないのも事実。だから欲張りなことをいえば、47都道府県すべてにおいて〈LOCAL WEAR〉のアパレルをつくりたいんです」

それはすなわち、全国の伝統産業を次の世代につなげる役割を、スノーピークが担うことを意味している。

「これこそがまさに〈LOCAL WEAR〉の目的で、さらにその先には海外展開まで視野に入れていきたいと思っています」(山井さん)

日本のモノづくりを守るために何ができるか。 スノーピークが見据える目線はどこまでも先に向かっている。

■かっこよくて機能的であることの大切さ

スノーピークにジョインし、アパレル事業を立ち上げ、こうして〈LOCAL WEAR〉というプロジェクトを軌道に乗せつつある現在。
あらためて今、「この仕事が楽しくて仕方がないんです」と笑顔で語る。

「佐渡島にしても栃尾にしても、この仕事をしているからこそ、各地でいろんな人と出会い、その地域の文化を知ることができる。いわば価値観が次々に連鎖していくようで、今はこれが何よりも幸せです。
だからこそ、その体験をひとりでも多くの人と共有する方法を考えていきたいですね」(山井さん)

東京ドーム4つ分の広大な敷地を持つ〈スノーピーク〉本社。 敷地内にはキャンプフィールドを備え、各種イベントや研修にも活用されている。

まだスタートしたばかりの〈LOCAL WEAR〉だが、参加者の反響、そして協力地域の声から、確かな手応えを感じている。だからこそ、そんな充実感を得られるのだろう。

「単なるきれいごとだけでなく実際問題として、〈LOCAL WEAR〉の製品は、かっこよく仕上げられている点は重要だと思うんです。
体験ツアーにしても、もともと関心を持つ人だけでなく、そうでない人をいかに惹きつけられるかが大事ですよね。その意味でも、製品に魅力があるというのは大切なことでしょう」(引谷さん)

副社長の肩書きを持つ山井梨沙さんだが、その本質はあくまでデザイナー。
日本各地の“着る”文化を未来に継承していくうえで、製品そのものが持つ吸引力は重要なカギを握っているはず。

〈LOCAL WEAR〉はまさに、スノーピークだからこそ表現できるアパレルのひとつといえるだろう。
60年以上にわたって育まれてきたノウハウが今、各地の伝統産業にひと筋の光明をもたらそうとしている。

(記事) 友清 哲 (写真) ただ

[information]
日本の地域をテーマにしたwebマガジン「コロカル」
https://colocal.jp/

[information]
LOCAL WEAR by Snow Peak 
住所:新潟県三条市中野原456
https://www.snowpeak.co.jp/sp/localwear/

上記ライター田邉 敬詞
(ソーシャルビジネス開発局担当局長)の記事

地域創生NOW

日本各地で様々な地域創生プロジェクトが立ち上がっている昨今。
そのプロジェクトに携わっているエキスパートが、“NOW(今)”の地域創生に必要な視点を語ります。

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  • 田邉 敬詞
    田邉 敬詞 ソーシャルビジネス開発局 担当局長

    1993年jeki入社。一般クライアント、JR東日本の広告営業、交通媒体など、様々な部署を経て、2016年にソーシャルビジネス開発局着任。主に中央省庁の案件を担当し、jekiソーシャルビジネスの事業拡大に向けたイノベーション事業を手掛ける。

  • 引谷 幹彦
    引谷 幹彦 ソーシャルビジネス開発局 ソーシャルビジネスデザイナー

    子ども・若者支援に取り組むNPO法人や大手人材会社の公共領域を経て、jeki入社。 主に中央省庁の案件を担当しながら、様々な社会課題に取り組んでいる。