「サービスデザイン」が、企業の未来を左右する。
−−長谷川敦士さんに聞く、サービスデザインの考え方(後編)

PICKUP駅消費研究センター VOL.19

顧客価値の多様化など市場環境が変化する中で、企業にとって今後の成長の鍵を握るともいわれ、世界中で注目を集めるサービスデザイン。国際的なサービスデザイン組織であるService Design Networkの日本支部共同代表を務め、サービスデザインで数多くの実績を持つ、株式会社コンセントの代表取締役社長・長谷川敦士さんにお話を伺いました。今回は、その後編です。<前編はコチラ

長谷川 敦士さん

株式会社コンセント
代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト
長谷川 敦士さん
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。「わかりやすさのデザイン」である情報アーキテクチャ分野の第一人者。2002年にコンセントを設立、UXデザインやサービスデザインを探求・実践している。2019年より武蔵野美術大学院造形構想研究科 教授。著書・監修多数。Service Design Network日本支部共同代表、特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)副理事長。

アブダクション型思考で、まず始めてから仮説を見いだす

サービスデザインを取り入れている企業の事例などはありますか。

長谷川 世界的には、公共サービスにサービスデザインが適用される事例が非常に多くなっています。有名なところでは、イギリスにGDS(Government Digital Service)という政府直轄の組織があります。国の行政サービスのサービスデザインを手掛け、「GOV.UK」というユーザー目線の政府ポータルサイトを作りました。GDSが設立されたのは2010年。当時の政府ポータルサイトは、省庁ごとに数え切れないほどのリンクが貼られていてあまりにも使いにくいものでした。一番の問題は、ユーザーニーズが全く考えられていなかったこと。利用者にとっては、対応している省庁がどこであるかはどうでもいい。自分が受けたいサービスを利用して、行政手続きを完了させたいだけです。それも、できるだけ早く簡単に。GDSは、サービスデザインの考え方でデジタル行政サービスを再構築。2011年には、すべてのサービスの入り口を一つのサイトに集約し、目的志向で利用できるようにしました。この政府ポータルサイトは国民から予想以上の支持を得て、わずか十数人でスタートしたGDSは今600人ほどの組織になっています。
 スターバックスもサービスデザインの好事例です。コーヒーショップではなく、サードプレイスという考えの下、世界中にサービスを提供しています。場の設計も、店のスタッフのオペレーションもそのように考えられている。コーヒーを売るために付加価値を付けているのではなく、サービスを提供するための手段の一つとしてコーヒーがある。あの場所自体が価値であって、コーヒーが付加価値とも言えるのではないでしょうか。それが、サービスデザインの考え方です。ユーザーの視点で、ユーザーの体験全体として考えるからこそ、求められている価値が見つけられるわけです。

顧客が多様化している今、求められているサービスをどのように見つけていけばいいのでしょうか。

長谷川 新しい施策やサービスをやろうとする場合、まだ世の中にない新しいサービスであれば、それが本当に求められているかどうか、実際にはどう機能するのかは、考えても分かりません。実際にやってみて、そこから改善点や課題を発見すべきです。習作という言葉があるように、デザインとは作ってみることで試行錯誤しながら考えるという態度。仮説に基づいて作るのではなく、作ってから仮説を見いだしていくのです。これはアブダクション型の思考(仮説形成、仮説的推論などと訳される思考法。やってみたことから仮説を形成する手法のこと)といい、帰納法や演繹法に次ぐ第3の思考法で、デザインの分野で伝統的に行われてきました。不定性が高い、先が読めない世の中では、まずは試すという態度が重要なのです。プロトタイプを作り、テストや修正を重ねてサービスを考えていく。最初から予算をかけて作り込むのではなく、よさそうだと思ったらごく小さく始めて、そこから新しいことを発見していけばいいのです。

アブダクション型の思考によって、人々がどこに価値を見いだしているかを探っていくということですね。

長谷川 そうです。そして、それを正確に捉える必要があります。顧客の価値観を探るための方法として、エスノグラフィーという調査があります。元々は文化人類学の調査手法です。理解することが難しい文化を自分たちの価値観で判断するのではなく、それをありのままに受け入れ、ありのままに記述するというもの。これが今、サービスデザインのリサーチの主流になっています。ユーザーは自分が何に価値を感じているか、自覚していないことの方が多い。どんなサービスが欲しいかを聞くと、今あるものの改善点しか出てこないでしょう。ですから、ユーザーから直接聞くのをやめて、サービスを利用している場面を観察し、ユーザーにとってどのような意味・価値があるのかを見いだしていきます。

いかに組織的に広げるか、それこそが成否を決める

企業がサービスデザインを実践するためには、どのようなことが必要ですか。

長谷川 サービスデザインは、一つの部門を作って、すべてをやらせようとしてもうまくいきません。実際のサービスデザイン部門は、社内のさまざまな部門の人たちを巻き込み、それぞれを主体者にするというファシリテーターをやっていることが多いです。
 ここ数年、世界中でコンサルティング会社がサービスデザイン企業を傘下に収めるケースが多く見られましたが、その場合もサービス開発を請け負うだけでなく、全社の変革プロジェクトを任されています。また、IBMが社内で立ち上げたIBM Design Thinking Labも非デザイナー向けのデザイン教育を担った部門として設置されています。こういった「デザイン変革」の動きはこれから日本でも増えていくと考えられます。GDSの場合は、立ち上げた新サービスの品質をどのように向上させていくか、各省庁を巻き込みながら分野横断的なチームを利用して改善を繰り返しています。
 企業がサービスドミナントロジック型に変わらなければならない今、立ち上げたサービスは、オペレーションしながら常に改善していかなければすぐに時代遅れになります。顧客像も多様化していますから、一つのサービスだけでは不十分です。さまざまなバリエーションを作り続けなければなりません。一人のスーパークリエイターよりも、社員全員がサービスデザイナーとなって多様なサービスを作り出し、改善し続けることが求められている。サービスデザインは全社的な活動なのです。いかに組織的に広げていくかが、重要といえます。

経営トップのリーダーシップにも大きく関わりそうですね。

長谷川 サービスデザインは事業ばかりでなく組織全体を変革するものですから、当然、経営者の強いリーダーシップが求められます。さらに、マーケットを多様に捉えて事業方針を柔軟に変えていく必要もあります。ある事業をやってみて新しい仮説が生まれたら、当初の仮説にはこだわらず今までの事業をやめてグッと方向転換するという意思決定が必要になります。これはやはり企業経営に関わることです。この方向転換を、ピボットといいます。やってみてダメだったら早々に手を打つ。ピボットをどれだけ素早くできるかが成功の鍵を握るともいわれます。事業の撤退もネガティブに捉えるのではなく、やってみてそこから学ぶ姿勢が大切だと思います。もちろん自社のアイデンティティーを見失い、世の中に合わせて小刻みに適応するばかりではダメです。企業としての方針は、しっかりと明示化しなければなりません。
 今世の中にない斬新な切り口を提示するには、経営の意思決定が必要です。そういうトップダウンのイノベーションが、日本企業は苦手なところがあります。ただ、日本企業では何らかの企業文化が社内で共有されていることが多いように感じます。そのおかげで現場の自発性が高い。グローバルな企業では、社内に文化を根付かせ、その文化の下にみんなが動けるようにしたいと一生懸命になっているくらいです。日本企業の強みをうまく生かせば、やるべきことをみんなで同時多発的にやっていくことができるのではないでしょうか。

長谷川さんは、サービスデザインに関する書籍監修多数。『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics-Tools-Cases-領域横断的アプローチによるビジネスモデルの設計』『デザイン組織のつくりかた デザイン思考を駆動させるインハウスチームの構築&運用ガイド』『これからのマーケティングに役立つ、サービス・デザイン入門-商品開発・サービスに革新を巻き起こす、顧客目線のビジネス戦略』(いずれもビー・エヌ・エヌ新社)など

取材・文 初瀬川ひろみ
撮影 片山貴博

<完>

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.40掲載のインタビューを一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2019年3月)のものです。

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。