「サービスデザイン」が、企業の未来を左右する。
−−長谷川敦士さんに聞く、サービスデザインの考え方(前編)

PICKUP駅消費研究センター VOL.18

顧客価値の多様化など市場環境が変化する中で、企業にとって今後の成長の鍵を握るともいわれ、世界中で注目を集めるサービスデザイン。国際的なサービスデザイン組織であるService Design Networkの日本支部共同代表を務め、サービスデザインで数多くの実績を持つ、株式会社コンセントの代表取締役社長・長谷川敦士さんにお話を伺いました。今回は、その前編です。

長谷川 敦士さん

株式会社コンセント
代表取締役社長/インフォメーションアーキテクト
長谷川 敦士さん
1973年山形県生まれ。東京大学大学院総合文化研究科博士課程修了(学術博士)。「わかりやすさのデザイン」である情報アーキテクチャ分野の第一人者。2002年にコンセントを設立、UXデザインやサービスデザインを探求・実践している。2019年より武蔵野美術大学院造形構想研究科 教授。著書・監修多数。Service Design Network日本支部共同代表、特定非営利活動法人 人間中心設計推進機構(HCD-Net)副理事長。

モノが売れない時代の新たな事業開発手法

まず、サービスデザインとはどのようなものなのか教えてください。

長谷川 サービスというと、飲食店での接客業などを想起するかもしれません。しかし、サービスデザインとは「サービス産業」の意味合いで使われる「サービス」をデザインする、という意味ではありません。製造業や販売業などを含めたすべてのビジネスが顧客へのサービスである、という考え方に基づくものです。
 サービスデザインは1990年代から存在していましたが、2010年頃から「モノからコトへ」という消費の動きが顕在化し、モノを作っただけでは売れなくなってくると、新しい事業開発の手法として注目されるようになりました。モノを売るだけでなく、文脈性を与え、どのように使うかという体験を付与することが重要になってきたのです。製品と、それにひもづいて提供される一連の体験をすべてサービスと捉え、ビジネスモデルや戦略、バックステージなども含めて事業全体を再構築しながら、顧客への提案価値を高めることがサービスデザインの本質です。
 さらに、ネットの普及によって幾つかのビジネスの特徴が生まれてきました。一つは顧客像の多様化です。マスメディアによって流行や社会課題が共有化されていた時代から、個々にネットでニュースを見て、好きなソーシャルメディアの議論に加わるような時代へと変化。従来的なマスマーケティングの手法は通用しにくくなりました。もう一つは、供給サイドに与えた自由度です。例えば、アマゾンに出店すれば、日本全国で、そして海外でもビジネスができる。つまりネットの普及によって小さな店も全国規模、世界規模のビジネスが行えるようになったのです。その中でどのように事業開発を行っていくべきか、その難易度は上がってきました。顧客の志向に合わせてビジネスの取り組み方を、常にチューニングしながら変えていかなければ対応できなくなってきたのです。そういう時代に、フィットするのがサービスデザインの考え方です。

グッズドミナントロジックからサービスドミナントロジックへ

ビジネスを取り巻く環境が大きく変化している時代に、有効な事業開発の手法がサービスデザインということですね。

長谷川 2000年代、サービスデザインとは別に、マーケティング分野の中で「サービスドミナントロジック(Service-Dominant Logic)」という考え方が生まれています。これは「グッズドミナントロジック(Goods-Dominant Logic)」と対になります。グッズドミナントロジックは企業でモノを生産して売ることをベースに事業を構築する考え方で、企業と顧客の関係性はモノと対価の交換によって成立すると捉えます。この場合、顧客の体験が重要と考えたとしても企業経営においては、いかに売れたかで指標化が行われます。顧客の利用体験も、また次に買ってもらうことにつながるから意味があるという捉え方。つまり、販売が企業活動の根幹になってしまいます。
 一方のサービスドミナントロジックでは、企業が顧客に提供するものはすべてサービスであり、モノはサービスを提供するための手段の一つに過ぎないと考える。モノを買っただけではなく、顧客が使って意味を見いだしたときに初めて価値が生まれる。これを「価値の共創」といいますが、企業はそれを提案し続けなければならない。顧客の利用体験、つまりサービスを中心に企業活動を捉え直そうという考え方です。これはサービスデザインと並行して成立してきた考え方ですが、2010年以降、サービスドミナントロジックの実践のためにサービスデザインを使うということが行われています。

ユーザー目線で利用体験全体を捉える

サービスデザインは、具体的にどのようなアプローチをするのでしょうか。

長谷川 2011年に、『THIS IS SERVICE DESIGN THINKING. Basics – Tools – Cases』という本が出ました。この中で、これまでサービスデザインを実践してきた企業や専門家などが一堂に会し、サービスデザインの考え方を定義しました。その後、2018年に刊行された『This Is Service Design Doing』において、その定義をブラッシュアップし、発表されたのが

1.人間中心であること
2.協働的であること
3.反復的であること
4.連続的であること
5.リアルであること
6.全体的な視点
という6つの原則です。

長谷川 サービスはユーザーがいて初めて成立するもの。まず、ユーザー(人間)を中心に考えることが基本です。そして、価値は利用したときに初めて生まれるということをきちんと踏まえる。企業側が一方的に押しつけても成立しません。ユーザー、さらには関係するすべての人たちを巻き込んで共創する必要があります。
 3つめの反復的であることとは、サービスは一度立ち上げておしまいというわけではなく、改善を続けていかなければならないことを意味しています。従来、サービスを含む事業開発は、まず開発を行い、それを運用して開発費用を回収するのが一般的でした。しかし、これからの時代は状況に合わせてサービスを変化させ続けていかなければなりません。
 4つめの連続的であることとは、サービスを受ける前にユーザーが何をしていたのか、受けた後にはどんなことがあるのか、ユーザーの体験を長いスパンでかつ連続的に捉えなければならないということです。ユーザーは、一つのサービスを利用するだけで生活が完結するわけではありません。最近、マーケティング分野で広く使われるようになった「カスタマージャーニーマップ」は、元々はサービスデザインの分野から生まれたものです。一人の人の生活の中で、そのサービスがどのように選ばれ、利用され、終了されるのかをマッピングし、その過程における顧客接点や意思決定プロセス、感情などを明確にします。サービスを使うのは比較的短い期間ですが、より長い期間で何が行われるかに着目する。これを使ってユーザーのサービス利用体験を広く捉えて考えることが重要です。
 このことに関連して、アウトサイドインという考え方があります。例えば鉄道会社なら、電車を使うシチュエーションはさまざまであり、毎朝の通勤と旅行ではユーザーのモードが違う。長距離の旅行と短距離の旅行でも違うでしょう。自社の事業が関係するかはさておき、まずはそのようなユーザー側の視点で物事を考えます。
 企業にとっては、インサイドアウトという自社の事業から顧客を見る従来の考えの方が現状の課題を見つけやすく、改善活動で局所的成果を上げやすい。しかし、隠れた新たなチャンスを見つけたり、今までにない新サービスを考えたりするときにはうまくいきません。インサイドアウトでは、分かっている課題しか抽出できないのです。そこから抜け出すためには、アウトサイドインで、体験を連続的に考える必要があります。

マーケットを俯瞰すると未知のサービスが見えてくる

長谷川 5つめのリアルであることとは、サービスには体験が必要だということです。サービスというのは、概念的です。素晴らしい旅行の体験を提供する場合、その体験は一つ一つの現実的なモノとの触れ合いの積み重ねでつくられます。いくらサービスコンセプトを説明されてもユーザーはそれを感じることはできません。旅行者が触れるモノ、見える景色といった体験により、ユーザーに実感させることが求められます。
 6つめは、全体的(ホリスティック)な視点です。今やっていることの置き換えを考えるのではなく、そこに関わっている人が商流などを俯瞰的に見る必要があります。21世紀型のサービスとして、AirbnbやUberなどがよく例に挙げられます。ホテル業でもレンタカー業でもなく、端的にいえば個人と個人のマッチングビジネスです。従来のように、よりよいホテルを供給するとか、モビリティサービスを供給するという考えにとらわれていると、ホテルやレンタカーの代わりを考えつくだけでしょう。彼らは、供給すら市場から調達し、供給側さえもユーザーとして捉えています。新しい事業を考えるときには、マーケットを俯瞰的に見ると、これまで当たり前だった商習慣や商流もまだまだ変えられる余地があるのです。

取材・文 初瀬川ひろみ
撮影 片山貴博

<後編に続く>


※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.40掲載のインタビューを一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時(2019年3月)のものです。

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駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。