デザインが街に、地域に、人にもたらす力。
―色部義昭(日本デザインセンター)×本間智之(ジェイアール東日本企画関西支社)

中之島サロン VOL.4

日本デザインセンター 色部 義昭氏(左)
ジェイアール東日本企画 関西支社 本間智之(右)

【2019.2.21 追記】このたび、色部義昭氏は、OsakaMetroのCI計画に関する取り組みが評価され、優れたグラフィックデザイン作品とその制作者に贈られる、亀倉雄策賞を受賞しました。
亀倉雄策賞は、(公社)日本グラフィックデザイナー協会(JAGDA)の初代会長を務め、広く世界のデザイン界にも影響を与え続けた故・亀倉雄策氏の業績をたたえ、グラフィックデザインのさらなる発展をめざして設立された賞であり、1999年より毎年『Graphic Design in Japan』応募作品の中から、年齢やキャリアを問わず、最も輝いている作品とその制作者に贈られるものです。詳細はJAGDAのサイトをご覧ください。


2018年4月1日、大阪市営地下鉄の民営化に伴い、大阪市交通局から業務を引き継いだ大阪市高速電気軌道(Osaka Metro)が営業を開始しました。今回は、この新会社の愛称やシンボルマーク、コンセプト等のCI(コーポレートアイデンティティ)を開発するプロジェクトで、ジェイアール東日本企画のパートナーである日本デザインセンター様から、グラフィックデザイナー・アートディレクターの色部義昭氏をお招きし、業務責任者として同プロジェクトを進めているジェイアール東日本企画関西支社・本間智之が、VI(ビジュアルアイデンティティ。シンボルマークなど)に込めた想いやストーリーについてお伺いしました。また、天理市の「コフフン」をはじめとした、色部氏が携わる地方創生の取り組みと、デザインが街や地域にもたらす力、その可能性についても語っていただきました。

Osaka MetroのVIに込めた想いとストーリーとは?

本間:この度、色部さんには、Osaka Metroの営業開始に伴う新会社のCI開発プロジェクトのVIを手掛けていただきましたが、どのような想いを持って臨まれましたか。

2名対談写真

色部:この機会にしかできない何か特別なものをつくりたい、という想いが強かったですね。東京でもなく名古屋でもなく、大阪だからこそできるものを考えよう、と。

本間:本プロジェクトは、リサーチを通じて新会社の社員様はもちろん、地下鉄を利用されるお客様の声に耳を傾けましたが、制作に入る前に、色部さんご自身も大阪に足を運ばれて、街や住んでいる人を見て回るところから、始めていらっしゃいましたよね。「大阪の街」を読み解きながら、ご自身の中で噛み砕く、と。ただインスピレーションでつくるのではなくて、そういった事前の作業をすごく大切にされているんだ、と感じました。

色部:実際に見て回ったり、深く調べたりしないと、例えば、新世界や道頓堀付近のステレオタイプな大阪をイメージして、つくってしまいますよね。実際に街を歩いてみると、この中之島のような優雅な場所もあります。本当にいろんな大阪があるんだなぁって。これからつくるVIが、どの街でも、どの駅にも自然にマッチするために、まずはリサーチから入りました。

対談が行われた中之島ソーシャルイートアウェイク

本間:今回のプロジェクトでは関西圏の他の鉄道会社についても綿密にリサーチを行いましたが、世界中の鉄道のVIやCIについても綿密に調べていらっしゃいましたよね。そういった作業はいつも、心がけていらっしゃるのですか。

色部:私はデザイナーの中でも、いわゆる個人の個性的な表現スタイルで、アプローチしていくタイプのデザイナーではありません。案件ごとの、そのテーマでしかできない色や形を探し出していくような作り方をします。それもあって、リサーチはとっても大切なプロセスとなります。他鉄道のリサーチにも力を入れました。世界中の鉄道がどういったVI・CIで展開しているのか基本を押さえながら、ここは成功しているな、ここは失敗しているな、といろいろと学習しながら、デザインへと向かいました。また、今回特殊だったのが、VIの評価指標そのものから我々で作ったことです。VIの良し悪しってクライアントさんにとって、なかなか判断がつきにくいものだと思います。そのため、「じゃあ、何を基準にすれば良いか、まずはその基準を一緒につくりましょう」と。そういった指標をつくるというのは、これまでになかった経験でしたね。結果的に、そういったプロセスの共有がしっかりとしていたので、クライアントさんに、どこを評価のポイントにすべきか明確にわかっていただけたと思います。

2名対談写真

本間:今回、私たちはクライアント様に複数のシンボルマークをご提案しましたが、いずれの案もしっかりとストーリーや拠り所が明確にあって、どれが採用になっても「間違いないもの」だと感じました。

色部:ロゴやVIといったものは、絵画的なもので絵の上手い人がつくれば良いと誤解されることがありますが、本来、思想やストーリーが客観的に表わされるべく、練り上げていく特殊な造形物なんです。たとえば、今回のVIでは、「大阪の鉄道」を着眼点に、Mが回転して大阪のOになる立体的なデザインにしました。それをムービーで見せることで、VIに込めたストーリーがよりわかりやすく伝わると考えました。

本間:大阪だからこそのストーリーが、ムービーによってよりしっかりと表現されていて、尚且つ、デジタルサイネージやその先にある3Dでサインを表示する時代になったときに、力を発揮するものだと思います。本当に、これまで見たことがなかった、今の時代、これからの時代にマッチしたVIを開発できましたよね。

色部:リサーチの中で、車内ドア上のサイネージだったり、駅中のサイネージだったりと、一昔前とは違う表現媒体があることにも着目してデザインを考え始めました。複数案提案しましたが、全て動くロゴでしたね。例えば発車とともに動くロゴを車内のサイネージに映したら、電車とロゴが一体化して生き物のように感じられ、もっと身近な存在になると思いました。実現はできていませんが。

本間:4月から新しいVIが展開して、半年以上が過ぎて、大阪の街に定着しつつあると私は感じています。最初は、昔のロゴが恋しいなぁ、とか、あれで良かったんじゃないか、という意見もありましたが、今では街に当たり前に存在して、受け入れられている。それがあの、VIの良さなのか、と思っています。

色部:大阪に来る度に思いますが、色は正解だったと感じています。街に自然に溶け込みながらしっかり視認できる。本当にどんどん増えていっていますね。

本間:新しいVIが街に増えていくことで、昔からある大阪市営地下鉄が、少しずつ少しずつOsaka Metroになっていっていると、住民のみなさん感じておられると思います。

色部:Osaka Metro開業の際に、うちのスタッフが、おばちゃん同士で「あんた、これ知ってる?回転するねんで!」って、自慢げに話されていたのを耳にしたそうです。VIに込めたストーリーが、いつの間にか住民のみなさんのものになっている。そうやって、大阪の街に受け入れられていくんだな、と大変うれしく思いました。

2名対談写真
公営から民営の地下鉄として開業した「Osaka Metro」のVI計画。シンボルマークは、コーポレートスローガンにもなっているブランドコンセプト「走り続ける、変わり続ける。」を反映し、Metroの「M」の中にOsakaの「O」を内包した螺旋状の動きのあるフォルム(moving M)で、エネルギッシュな大阪の街や走り続ける活力を表現しています。

街の魅力を掘り起こし、市民の誇りを生み出す

本間:色部さんは、地方創生に関わるデザインに、多数携わっておられるとお聞きしています。そういったお仕事は、どのような考えのもと手掛けていらっしゃるのですか。

色部:たとえば、千葉県市原市にある市原湖畔美術館の仕事では、サイン計画をはじめさまざまなプロジェクトに関わっています。その美術館は、80年代に建てられた古いもので、ほとんど利用されていない状況でした。それを改修して再計画を進めながら、美術館を中心拠点にした「いちはらアート×ミックス」という大きな芸術祭を3年に1回開催することとなりました。市原市は、沿岸部はコンビナートと工業地帯で日本有数の企業が営業していますが、一歩内陸に入ると、のんびりした里山の風景が広がっていて、臨海部以外は過疎化が進んでいます。それにより、空き家が目立ち、小学校が廃校になったり、竹害が進んだりといろいろな問題を抱えています。そこで、廃校になった小学校を活用して展示施設をつくったりアート作品をつくったり、小湊鐵道というローカル線の車両を用いたイベントを開催したり、さまざまな取り組みを通じて、街を新しく再建していく。街の魅力を掘り起こしながら、外から人を呼び込む。自分たちの街が豊かになることで、そこに住む誇りや魅力をつくっていく。そういった活動を長年、お手伝いさせてもらっています。

市原湖畔美術館のサイン計画は、1990年代に建てられ老朽化した「市原市水と彫刻の丘」を再生するプロジェクトとしてスタートしました。
過疎化が進んでいた美術館の周辺立地を、その土地が持つ豊かさとして捉え直したVIと、リニューアルで使用されたラフな建築資材を軽快さとして印象づけたサインは、アート拠点として地域の活性化を担う美術館の、明快なメッセージとなっています。

本間:このようなプロジェクトだと、よく美術館であるような展示会ではなく、街全体で芸術祭を開催しているように感じますね。

色部:イベントをはじめとしたさまざまな取り組みやキーとなるデザインを、毛細血管のように隅々まで浸透させていき、街全体で芸術祭を作り上げています。

千葉県市原市で開催された国際芸術祭のデザインです。各会場を繋ぐ主要交通機関『小湊鐵道』の特徴である赤い帯をデザインエレメントとして、広報物からチケットやグッズなどのツール類、サイン、Webなどあらゆる媒体で使用。鉄道での周遊を鋏痕で記録する切符形式のパスポートなど、鉄道ならではのツールも制作しています。

本間:このような取り組みを通じて、ネガティブに思えるものをポジティブなものに変えて、住む人の誇りを生み出しながら、街全体を盛り上げていくのは、ただのイベントに収まらない素晴らしいプロジェクトだと感じました。

天理駅前広場コフフン
nendoが設計した、奈良県 天理駅前広場 「CoFuFun」 のサイン計画です。
地図や遊び方の説明ボードを建物の同心円上に寄り添うように配置し、静かになる夜間も木立のようなポールサインで優しく誘導します。昼も夜も風景が和らぐことを考えたデザインです。

色部:地域との関わりで言えば、以前、天理駅前のコフフンという広場のプロジェクトに携わらせてもらいました。この公園は、大小さまざまな古墳のようなマウンド状の不思議な構造物から成り立っていて、思わず入り込んでみたくなるとても魅力的な空間です。一方で、どう遊んだら良いかわからない不思議な形状をした異物でもあります。そこに、私は、サイン計画やWEBデザインをはじめとしたビジュアルコミュニケーションの力を通じて、利用者に、そこでどのように過ごして、どのように楽しめるのかを分かりやすく仲介していく役割を担いました。

本間:先日天理市を訪れた際に、駅前にキレイなコフフンがどんとあって、すごく楽しげで良いなぁ、と思いました。そこに、小さなお子様が遊んでいたり、中高生ぐらいの女の子が楽しそうに話していたり、本当に日常の空間になっているんだ、と感じましたね。たくさんの人が集まって楽しそうに過ごしていると、その周りも明るくなって、ただ景色に溶け込んでいるだけでなくゴミも落ちにくくなるような、そんな街にとって良い効果を生み出していると感じています。

色部:コフフンは街の軸線上にあります。そのため、日々、たくさんの人が通ることを考える必要がありました。たとえば、夜は少し寂しい感じになるので、照明ポールに文字をくり抜いて光るようにし、行灯のような柔らかな表情をもったサインにしました。デザインがどのように街の風景や機能をつくるか、検討を重ねながらプロジェクトを進めました。

本間:色部さんのお仕事から、自分がつくりたいものをつくるのではなくて、そこにある課題に対して、「どうすればいいんだろう。」と、考え抜くことが大切だと、改めて思いました。

色部:その機会でしかできないもの、その場所でしかできないものをつくりたいと、常々、思っていますね。求められているものだけじゃなくて、本当に必要なものは何か、を考えながら日々デザインと向き合っています。

デザインが投入されてこなかった分野にも、挑戦していきたい。

本間:今後、どのような活動をしていきたいとお考えですか。

色部:私は市原湖畔美術館をはじめ美術館に関わる仕事が多いのですが、そういったデザインとの親和性が高い分野だけでなくて、これまで、デザインがうまく投入されてこなかった分野にも挑んでいきたいと思っています。そのような仕事を今、少しずつ進めておりまして、今、日本の国立公園のブランディングプロジェクトに参加しています。国立公園の価値を伝えるアイデンティティの開発やサインシステムなどに携わっています。

34カ所に点在する日本の国立公園のブランド価値を高め、その多様性や魅力について周知を図るためのブランディングプロジェクト。マークは日が昇る瞬間の霞みがかった日本独自の風景を表わしたもの。
外形のリボン形状は写真や看板に配置すると景勝地が表彰されたように見えるよう設計しました。

本間:統一したマークを設けることで、価値や魅力が定着しやすくなると、思いますね。

色部:他にもインフラ関係の仕事にも興味があるので、鉄道や飛行機などにも関わっていければと考えています。

本間:生活の一部として人が行き交う場所ですよね。街の人たちが自然な形でデザインに触れることで、毎日の暮らしがより楽しくなったり、街そのものが盛り上がっていく、と。今回、色部さんから、お話を伺う中で、そういったデザインが持つ力について考える機会となりました。

色部:自分が手掛けたものが、街にある当たり前の景色になって、そこに住んでいる人や働いている人に良い作用をもたらせていければうれしいですね。

色部義昭
色部義昭 Yoshiaki IROBE
グラフィックデザイナー/アートディレクター
1974年千葉県生まれ。東京藝術大学大学院修士課程修了後、株式会社日本デザインセンターに入社。原デザイン研究所の勤務を経て、2011年より色部デザイン研究所を主宰。東京藝術大学非常勤講師。グラフィックデザインをベースに、平面から立体、空間まで幅広くデザインを展開。近年の主な仕事にOsaka MetroのCI、国立公園ブランディング、草間彌生美術館、市原湖畔美術館、天理駅前広場CoFuFunのサイン計画など。SDA、JAGDA、東京ADC、D&AD、One Show Designなど国内外のデザイン賞を受賞。AGI会員(国際グラフィック連盟)、東京ADC会員、JAGDA会員。株式会社日本デザインセンター取締役。

中之島サロン by 関西支社

なぜ今、地域特有の課題やリソースを活用した先進的な取り組みが活発になっているのか。地域だからこそ生まれるイノベーションとはどんなものなのか。jeki関西支社が、さまざまな分野で活躍される方々をお招きして話を伺いながら、その理由をひも解いていきます。

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  • 本間 智之
    本間 智之 関西支社営業部長

    2006年jeki入社。OOHメディア局、第四営業局を経て、2017年関西支社の開設メンバーとして現職。 飲料メーカー・通信会社・食品メーカー・公営競技などを担当し、OOH広告やコンテンツを活用したキャンペーンなどを多く経験。