商業空間に必要なのは、「売場」ではなく「広場」?
社会学者・南後由和さんに聞く、
商業空間に求められる“居場所”とは(後編)

PICKUP駅消費研究センター VOL.2


これまでのjeki駅消費研究センターの調査研究により、駅の商業施設には、買い物よりも自分らしく過ごせる“居場所”を求めて来店する人が多いことが分かっています。

それでは、今、駅の商業施設にはどのような“居場所”が求められているのでしょうか。社会学の立場から、都市や建築、商業空間について研究されている南後由和さんにお話を聞きました。今回は、その後編です。

©Hirosuke Katsuyama

<プロフィール>
明治大学 情報コミュニケーション学部 准教授
南後 由和さん
大阪府生まれ。東京大学大学院学際情報学府博士課程を単位取得退学。東京大学大学院情報学環 助教、特任講師を経て、現職。日本建築学会 編集委員会委員、日本都市社会学会 企画委員会委員なども務めた。社会学、都市・建築論を専門に、生活者の変容に着目した研究を行っている。

コミュニティづくりの核として広場はSCに埋め込まれてきた

居場所という話が出ましたが、商業施設、特にSCにおける居場所とはどのようなものだと思われますか。

南後: 郊外型のSCは当初、ニュータウン開発とともに造られました。ニュータウンに既存の共同体はありませんから、SCがコミュニティづくりの場にもなりました。70年代後半からです。物を売るだけではなく、お祭りや子どもを対象にしたイベント、カルチャースクールなど、商業をベースに文化的な活動や地域振興的な取り組みもしてきています。そのようなコミュニティづくりのための場として、SCには広場的な場がつくられました。

都心部の商業施設では、あまり広場的な空間は考えられなかったのですか。

南後: 例えば百貨店の屋上の遊園地とか庭園とか、そういうかたちでは取り込まれてきています。
ただ、SCの場合は意図的に、というよりかなり強い使命感を持って、地域コミュニティの核になろうとしていました。買い物はしなくてもいい。半日、1日そこでゆっくり過ごせる場所にしようという時間消費型消費を軸として、SCが巨大化するにつれて、空間的にも広場としてのかたちを整えていきます。

商業ベースでありながら、行政がつくる都市公園に近いような感覚を、開発する側は持っていたのでしょうか。

南後: オランダの建築家、レム・コールハースは「ショッピングは、論ずるに値する最後の公共活動だ」と著書で述べています。商業施設は誰もが行く所だから、公共活動の場としての価値があるというのです。日本初の本格的な郊外型SCとして開業した玉川髙島屋S・Cは、開業のころから地域の核となるコミュニティづくりの意識が見られたSCですが、当初の郊外型SCは、新しい公共の担い手であるという意識が高かったと思います。

アソシエーションが集うリアルな空間が都市には必要

私どもの研究では、駅の商業施設には自分らしさや共通の趣味・志向の人とつながるといった帰属感が求められている、ということが分かってきています。

南後: 今は、リアルな空間に出向かなくても、同じ趣味や志向を持つ仲間とのコミュニケーションは可能です。SNSは、マッチングがスムーズでアソシエーション型の共同体との親和性が高いですから。しかし、情報空間のアソシエーションだけでは物足りない。情報空間のアソシエーションはリアルな場に集うことにも、関心があるわけです。ですから、そういう帰属感のある広場的な場が、リアルな都市空間にも求められているのだと思います。

駅はあらゆる都市をつなぐハブ的な機能を持っているともいえるので、そのようなアソシエーションが集うリアルな場としての可能性もあるのではないでしょうか。

駅ビルも、商品を売る工夫だけではなく、帰属感を高める工夫も必要になってきているわけですね。

南後: ただ、排他的な場にならないよう注意しなければなりません。排他性は、帰属感を高めるための大切な要素ですが、それが強過ぎると他の人が入りにくい場になってしまいます。排他と寛容のバランスをどこに置くかが一つの課題になります。ある部分の空間の役割を、時と場合に応じて変えていくなど、異なるアソシエーションが共存できる流動的な場づくりが大切になると思います。

選択可能性の高い売り場が「居場所」化していく

私どもが提案している駅ビルの「フロアづくり」を、南後さんにも見ていただきましたが、いかがでしょうか?

南後: 現代の時流をつかんでいると思います。従来の駅ビルは、床面積とテナントの関係で、スペースが決められていました。しかし、買うという行為しか許容しない空間は、今のユーザーには窮屈で押し付けがましいと受け止められています。売り手が主導権を握るより、ユーザーが自由に振る舞える余白がどれだけあるかが、広場的な空間では重要になります。

そもそも自然発生的な広場は、規制が少なく、そこで何をするかは来た人たちが決めるもの。昼寝をしてもいいし、運動をしても、食事をしてもいい。自分たちで、やることをつくり出していく空間とも言えます。

私どもの駅ビルの「フロアづくり」については、そういうスペースを目指しました。

南後: 中央にカフェが置かれていて、もちろん商業性はあるのですが、何をして過ごすかはユーザーが選べるわけですから、この商業空間ではユーザー側に主導権があります。

この空間を見て、最近の音楽フェスを連想しました。音楽市場ではCDは売れなくなっているといわれますが、フェスは若い世代に人気です。今のフェスは、大勢が一つの会場で同じ音楽を聴くのではなく、大小いろいろな会場があって、好きなアーティストを選べるようになっていて、選択可能性が高い。だから、わざわざリアルなフェス会場に足を運ぶわけです。

商業施設の場合、選択可能性が高い場づくりは、時間節約型と時間消費型、両方の消費スタイルに対応できることが大切だと思います。その点、提案されている「フロアづくり」は両方に対応しているので、ユーザーからは、好ましいと見られるのではないでしょうか。

働く女性たちの「時間が無い中でも、トレンドや情報をインプットして気持ちをアップしたい」というインサイトに応え、時間節約でリフレッシュができるフロアを提案した。

提案では、女性たちの「日々の爪痕を残して、生活の充実を実感したい」というインサイトを踏まえ、「新しいさまざまなスタイルに出合い、気軽に試着して撮影も楽しめるフロア」も考えました。

南後: 今の学生たちは、レストランやカフェを選ぶとき、料理そのものより「SNS映え」するかどうかで決めています。そういう傾向からすると、このアイデアは面白いですね。

インターネットの登場以降、情報体験を自分なりにカスタマイズすることを、誰もが普通にできるようになりました。SNSの利用でも、同じFacebookやTwitterを使っていても、一人一人は別々の情報を見ている。つまり「バラバラで一緒」なんです。音楽にしても、同世代でも好みはバラバラで、ビッグヒットが生まれにくくなっていますね。

ある意味、万人に共通する話題がなくなっているのだと思います。そういう時代ですから、多品種をそろえて売る必要が出てきました。さらにそれをどうカスタマイズして見せるかも、商業施設でもより重要になってくるでしょう。

新しい様々なスタイルに出合え、気軽にいろいろ試着をして、友人と一緒に撮影を楽しめるフロアを考えた。

これからの駅の商業施設について何かアドバイスをいただけますか。

南後: Eコマースで多くのものが買えるのに、リアル店舗に人が行くのは、実際の商品や空間の体験ができるからにほかなりません。リアルな空間でしか提供できないコンテンツや五感で感じる魅力を用意する。それも固定的なものにせず、ある程度の流動性を持たせることも大切だと思います。

駅はまさにリアルな空間です。駅の商業施設もこのような点を意識することが、今後はよりいっそう求められてくるのではないでしょうか。

取材・文 高橋盛男
イラスト ユタカナ

※駅消費研究センター発行の季刊情報誌『EKISUMER』vol.33掲載のインタビューを一部加筆修正の上、再構成しました。固有名詞、肩書、データ等は原則として掲載当時のものです。

<南後 由和さん 著書紹介>
『商業空間は何の夢を見たか 1960~2010年代の都市と建築』三浦展・藤村龍至・南後由和著(平凡社)。カウンターカルチャー、「日本的広場」、コンセプト建築をテーマに三者が読み解く一冊。

PICK UP 駅消費研究センター

駅消費研究センターでは、生活者の移動行動と消費行動、およびその際の消費心理について、独自の調査研究を行っています。
このコーナーでは、駅消費研究センターの調査研究の一部を紹介。識者へのインタビューや調査の結果など、さまざまな内容をお届けしていきます。

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  • 町野 公彦
    町野 公彦 駅消費研究センター センター長

    1998年 jeki入社。マーケティング局(当時)及びコミュニケーション・プランニング局にて、様々なクライアントにおける本質的な問題を顧客視点で提示することを心がけ、各プロジェクトを推進。2012年 駅消費研究センター 研究員を兼務し、「移動者マーケティング 移動を狙えば買うはつくれる(日経BP)」を出版プロジェクトメンバーとして出版。2018年4月より、駅消費研究センター センター長。

  • 松本 阿礼
    松本 阿礼 駅消費研究センター研究員/お茶の水女子大学 非常勤講師/Move Design Lab・未来の商業施設ラボメンバー

    2009年jeki入社。プランニング局で駅の商業開発調査、営業局で駅ビルのコミュニケーションプランニングなどに従事。2012年より駅消費研究センターに所属。現在は、駅利用者を中心とした行動実態、インサイトに関する調査研究や、駅商業のコンセプト提案に取り組んでいる。

  • 和田 桃乃
    和田 桃乃 駅消費研究センター研究員 / 未来の商業施設ラボメンバー

    2019年jeki入社。営業局にて大規模再開発に伴うまちづくりの広告宣伝案件、エリアマネジメント案件全般を担当し、2024年1月から現職。これまでの経験を活かし、街や駅、沿線の魅力により多角的に光を当てられるような調査・研究を行っている。