アドバタイジングウィーク・アジア事務局長・笠松氏と語る広告の未来(後編)〜続・これからの広告人へ〜

アドびとめぐり VOL.2

写真左:アドバタイジングウィーク・アジア事務局長 笠松良彦(株式会社イグナイト Executive Producer 代表取締役社長)
写真右:株式会社ジェイアール東日本企画 コミュニケーション・プランニング局 シニア・ストラテジック・プランナー 若松数

シリーズ「アドびとめぐり」で最初にお話を伺ったのは、株式会社イグナイト代表取締役社長の笠松良彦さん。前編では、自身が事務局長を務めた広告の祭典「アドバタイジングウィーク・アジア」への思いを語ってもらいましたが、今回はさらに踏み込んで、これからの時代を生きる広告人が持つべきものについて伺いました。jekiのストラテジック・プランナー若松数がその本音に迫ります。

若松:あらためて笠松さんの著書『これからの広告人へ』を読み返しまして、広告に携わる人のバイブルとして、今も全く色褪せないと感じました。執筆されたのは2012年でしたね。

笠松:東日本大震災の少しあとで、世の中は混乱していて僕の仕事もゼロになって、その3カ月で思い切って本を書こうと決めたんです。

若松:本の中で「5年以内に広告業界は確実に大きく変化する」と予言されています。具体的には、日本の広告会社は様々な無償サービスを前提とした利益構造の転換を余儀なくされ、広告人は自分の作業価値をクライアントに説明できるようになる必要がある…という内容だったかと思います。まさに今がその5年後なのですが、笠松さんが考えていた通りの変化になりましたか?

笠松:きっかけは違いましたけどね。結果的にいうと “働き方を見直さなくてはいけない” という入り口からのアプローチで、広告会社はもっと “フィー” を取れるような価値産業にならなきゃいけない、個々人がもっと自分の単価を気にしなくちゃいけないという流れにはなってきました。僕が望んでいた道筋とは違うところから来ているんだけれど、同じ山は登っているという気がします。

広告というのはモノを作ったりサービスを提供する産業ではなく、徹底的に人と人の間をつないで、アイデアを生み出すという “付加価値産業”です。だから「アイデアを生む能力が非常に高い」か「すごいネットワークを持っている」か、どちらかもしくはその両方を持っていない限り、それほど価値を感じてもらえません。

すごいアイデアを出せるスキルがあるならそれで成り立ちますが、それがない場合は誰に何を頼まれても対応できる強烈なネットワークを持っていることが大事になってくる。ずっと会社でデスクに座っていて、どこでネットワークができますか? 仕事の中で「出会い」のチャンスなんてすごく小さい。仕事場で知り合った人との接点だけ広げていっても、大して太くはなりません。

僕は古いタイプの人間かもしれないけれど、呼ばれた飲み会には必ず顔を出すし、会いたい人には自分からお金を使ってでも会いに行きます。そうやって飛び込んでいくことで、自分独自のコミュニティを作ってきました。「笠松さん古い、今の俺たちはSNSがあるからいくらでもつながれる」と言うかもしれない。でも、僕らの最大の価値は「モノを作らずに、何かと何かの間に自分たちのアイデアとネットワークで付加価値をつける」ことです。そのアイデアとネットワークを手に入れるために、実際に人に会う時間を惜しまないというのが僕の考え方です。

若松:先ほどお話をお伺いしたアドバタイジングウィーク・アジアも、人が集うリアルな場ですから、ネットワークを作るチャンスとして活かせそうですね。

笠松:もちろん。だから、普段はめったに会えない人のセミナーに出たら、終わったあとに絶対その人に食いついていって話したほうがいいし、自分がやりたいことがあれば直接本人に交渉すればいい。

若松:目の前に憧れのあの人がいるっていう貴重な場ですから、まずは飛び込んでいく勇気が大事ですね。笠松さんにも、若者が突撃してもOKということでよろしいでしょうか?

笠松:全然来ませんけど!(笑)もちろんOKです。

若松:今、業界の働き方の変化を伺ったのですが、メディア環境も大きく変化しましたね。「子供のなりたい職業」に YouTuber がランクインしたというニュースもありましたが、ツールが変化することで、表現者がボーダーレスになっている肌感もあります。そんな中で、「プロの広告人」としてこれはやっておくべきと思うことはありますか?

笠松:まず基本として、流行りごとはひと通りやっておくことです。一緒に仕事をしている若い連中には、「なんでもいいから3回やれ」と言っています。なぜかというと1、2回ではたいてい「おぉ~」って言って終わるけど、3回使うと仕組みが見えてくるものだから。
たとえば僕は UberEATSを3回目に使った時に、これはただのデリバリーの新形態じゃなくて、労働市場のイノベーションと、今までデリバリーができなかった店に対するイノベーションの2つが合算した全然違うビジネスモデルだと気づきました。

若松:確かに1、2回使ってわかった気になってしまうと、その本質までは見えていないのかもしれないですね。他にも広告人として「人の心を動かす」ために大切だと思っていることはありますか?

笠松:それには、世の中のニュースをどう読むか、ということがとても大事。ニュースの表面だけを受け取っていては広告人としてはダメです。その裏にある何か、原因や理由、本当の課題などを見にいくクセをつけたほうがいいと思うんですね。

最近、広告や社員の振る舞いが火種となってネットで炎上するという事例が多いですが、そういうのを見て僕は、これって個々の社員の問題ではなく、確実にマネージメントの、トップの問題だと思うんです。それで、その会社のホームページで企業理念やビジョンを見ると、キレイな言葉が並んでいるんだけれどいまいち腹に落ちないことが書いてあることが多い。これが大きな原因の一つだと思うんです。 自分の会社のビジョンは何?と訊かれてパッと答えられる役員や社員がほとんどだという会社は、とても少ないのではないでしょうか。だけど、たとえば僕が酒造メーカーの社長だったとして、「お酒は最高にハッピーな飲み物だ」ってビジョンとして掲げたとします。社員に「いいか、俺たちのビジョンはこれだ」「だから僕たちは、お客様にハッピーな時間を提供する会社でいたいんだ」と。これなら、別に覚えられないビジョンじゃないですよね。で、これが浸透していたとしたら、その会社の社員は絶対に酒の席で無粋な事をしたりしないと思うんです。その行為は彼らの会社のビジョンにふさわしくないから。だって「お酒はハッピーな時間にふさわしい飲み物」なんだから。
たぶん企業の現場では、ビジョンもよくわからないまま、「競合に負けるな!」とか「目指せ売上目標!」だけになっている場合もあるでしょう。でも、なぜこの事業があるのか、社会のためになぜこのサービスが存在するのか、ここがないと、社員にとってはどんどん切ない話になっていく。

話をぐーっと広告業界に戻すと、僕らコミュニケーションに携わる人間は、何が本当の問題なんだっけ?っていう、根本的な課題を見抜ける能力があるはずなんですよ。その能力をもっと磨いて、いろいろな会社の人に提案したほうがいい。僕が思うに、世の中の課題のほぼ100%は、コミュニケーションの課題だと思うんです。

若松:コミュニケーションで解決できない課題はほぼない、ということですね。それはすごく勇気が出る言葉ですね!

笠松:課題というのは可視化できたら、もうこっちのものです。書けないもの、もしくは図にできないものが解決できないんです。ビジュアル化できたら絶対に解決できる。他の業界の人に比べて広告業界の人間は、そのビジュアル化する能力、可視化する能力が高いと思います。それは最高の生きる道だと思うんですよ。それで役に立つためには、ちゃんと裏を全部見る必要がある。いわゆる「インサイト」を見る能力を磨けば課題が見えてきます。

若松:時々会議で「これはコミュニケーションの領域じゃないから解決できないよね」という、限界論で行き詰まってしまうことがあると思います。でも、それはコミュニケーションという捉え方自体が狭くなっているということで、笠松さんのおっしゃるコミュニケーションというのは単なる広告やプロモーションだけではない、企業の構造やビジョンも含めたもっと広義なものですね。

笠松:そう思います。たとえば広告の依頼を受けた時、そもそもなんでこんな商品を作ったんだろう、ということがたまにありますよね。なぜ作ったのか聞くと、理由は色々あるんだけれど「競合他社が出して、うちも負けられないから…」と。メーカーの人は目の前の熾烈な戦いと数字を背負わされて、競合が新商品を出したら自分たちも出さざるを得ないんです。でも僕らは「ちょっと待って。せっかく出すなら、何故この商品はユーザーに必要なのか? そのWhy を整理しましょう。」とか、「ユーザーから見て、この商品の一番刺さるメリットは何でしょうか? 改めてユーザーの声も聞きましょうよ。」というふうにどんどん遡っていくことができる。この遡る作業は、広告業界にいる人間が得意とするところです。だから、そのために広告人がいるんだと思います。

若松:以前どこかで「広告業界はセンスだけじゃない。努力で70〜80%なんとかなる業界だ」と聞いたのがずっと頭に残っているのですが、今日のお話を伺っていると、確かに努力できる分野がたくさんあると改めて感じます。 

笠松:今はとても便利で、基本的な社会情報でわからないことはGoogleとWikipediaでほぼ解決します。それを大きな紙に書き写してつなぐだけで、誰でも1時間もあれば、ある程度状況を把握することができてしまう。こんなに便利なんだから、あと必要なスキルは「なんで?」というクエスチョンを持つことだけです。
いつも「なに?」「なんで?」なんて言う人は、面倒くさがられるし一般生活だと嫌なヤツですけどね、たぶん(笑)。でも仕事上は必要だと思うんです。

若松:これからの広告人が持つべきものは、いわば「Whyの探究心」ということですね。なぜこの問題が起きているのか、なんでこの商品は存在するのか、いくらでも遡っていって本物の課題を見つける力を磨く。そこに広告業界の光を見たように感じました。今日はどうもありがとうございました。

笠松 良彦
イグナイト Executive Producer 代表取締役社長
Advertising Week Asia 日本事務局長
1964年生まれ。1986年慶応義塾大学卒業。1992年博報堂入社。営業職として、媒体・制作・PR・イベント等、コミュニケーション戦略全体を統括。2001年電通入社。メディアマーケティング局チーフ・ストラテジストとしてメディア・プランニングを中心に、CRやプロモーションとのシナジーを考慮した統合プランニングやAORコンサルティングを実施。2005年10月から2010年3月まで、電通とリクルートのジョイントベンチャーであるMedia Shakers代表取締役社長。「R25」を核としたクロスメディア事業を推進。電通コミュニケーションデザインセンターを経て、2010年7月、イグナイト設立。「進化する広告宣伝の手法」「ケーススタディ/広告会社 電通」「コミュニケーションデザイン」などのタイトルで 雑誌掲載多数。2006年カンヌ国際広告祭メディア部門プロモライオン受賞。2013年2月「これからの広告人へ」(アスキー新書)上梓。

上記ライター若松 数
(エグゼクティブ プランニング ディレクター)の記事

アドびとめぐり

常に変容し続ける広告コミュニケーション業界。その最前線で活躍する人たちは、いま何を考え、これからどう進んでいくのか。jekiのストラテジック・プランナーが、業界を牽引する「アドびと」にインタビュー。彼らの思いと「広告界のいま」に迫ります。

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  • 若松 数
    若松 数 コミュニケーション・プランニング局 部長/エグゼクティブ プランニング ディレクター

    メーカーでのマーケティング経験を積んだ後、2007年jeki入社。ストラテジック・プランナーとして、化粧品、流通、テーマパークなどのクライアントを担当。生活者・広告主・プランナーの視点を行き来して、日々課題に向き合う。